死霊と暮らす死霊魔術師《ネクロマンサー》
宇目埜めう
第1話 死霊魔術師《ネクロマンサー》の少女
シューーーーッと風を切る音に、クロエ=ブラックマンは思わず身をすくめた。クロエが悲鳴を上げる間もなく、くるくるとプロペラのように回転しながら飛んできたものを、歳上の親友──ノアの手が掴む。
すんでの所でクロエの頭を守ることができた安堵から、ノアは小さく息を吐いた。その手には、クロエに襲い掛かった樫の木の枝がしっかりと握られている。
枝が飛んできた方に目をやると、クロエと同じ歳の頃の少年が「なんで当たらねぇんだよ。──化け物め!!」と捨て台詞を吐きながら、慌てて逃げていく後ろ姿が見えた。
クロエはびっくりはしたけれど、自分への敵意を疑問には思わなかった。街の人から嫌われているのは知っているし、このような嫌がらせはいつものことだったから、慣れてしまっていた。
もう、悲しくもならない。
「危なかったね」
ノアは、小首を傾げ、なんてことない様子を演出しながら、ひょい、と樫の木の枝を投げ捨てる。
「──うん。いつもありがとう。ノア」
クロエは、身をすくめた拍子にずれてしまった仮面の位置を直した。
鬱陶しいと思うこともあるが、外出するときには必須のものだ。
鼻から顔の上半分を覆う仮面は、しないまま外出すると、体に不調をきたしてしまう……かもしれない。仮面は、クロエを守るためのものだった。
「さっさと用を済まして帰ろう。やっぱり、村のほうが落ち着くよ」
「うん。でも、私は見たことないものがたくさんある街も好きだよ」
「あんな枝が飛んできても?」
「そのときは、またノアが守ってくれる。……でしょ?」
二人は、月に一度、普段暮らしている村から、少し離れたこの街まで買い出しに来る。
ノアとしては、できれば街になど来たくはない。しかし、来ないわけにはいかない。村の人のおすそ分けや、村の畑で取れるものもあるにはあるが、村では手に入らないものもあった。
ノアがあまり街に来たくないと思うのは、街のほとんどの人間に嫌われているからだ。心無い言葉を浴びせられるのは当たり前で、さっきのように物が飛んで来ることも頻繁にある。
クロエとノアが街の人々に嫌われているのは、クロエが
──とはいえ、クロエ自身は
もっとも、クロエは
街の人のように自分の良く分からないことを不吉そうだからとうだけで忌避したり、遠ざけたりする感覚がクロエには理解できなかった。
クロエの場合は遠ざけたり忌避するのではなく、むしろ知りたいとすら思い、自分から近づいていく。分からないからこそより強く恐れを抱く、ということが、クロエの価値観から遠く離れたものであった。
「それにしても、広い街だよね。いろいろ探検してみたいなとは思うけど……ダメなんだよね?」
「ダメではないよ。でも、やめておいたほうがいい」
行動範囲を広げれば、それだけ街の人の目に触れる。クロエとは対照的に、保守的なノアは、極力人との接触を避けるべきだと考えていた。
「なんでよぉ……」
「なんでって……。さっき、木の枝が飛んできたばっかりなの、もう忘れちゃった?」
「そういうわけじゃないけど……。でも、デレクさんみたいな人だっているじゃない?」
「デレクは、特別だよ」
街中に嫌われているといっても過言ではない中、デレクだけはどういうわけか優しかった。おかげで二人が日用品の買い出しに困ることはない。
通りで浴びせられる罵声や、時折ものが飛んでくるようなことがなければよりよかったのだが、それは望みすぎだとノアは諦めている。
「やぁやぁ、クロエ。もう
丸眼鏡を鷲鼻の先にちょこんと乗せたデレクは、毎月お決まりとなったセリフでクロエを出迎えた。
執務机には、クロエやノアと同じ年頃の少女の写真が飾られている。二人はその少女を見かけたことがない。理由を尋ねたこともないし、話題に上げたこともないが、なんとなくデレクが二人に優しいのは、写真の少女が関係しているような気がしていた。
「はい。デレクさん。今日もいつものやつをお願いします」
クロエは、デレクの店に入るなり目を輝かせる。
デレクの店は、いわゆる万事屋だ。なんでもそろうことを触れ込みに、大きな街で商売をしている。
村では手に入れることができない品物を多数取り揃えているから、クロエはデレクの店が大好きだった。
けれど買うのは決まって、石鹸となんにでも応用が利く魔法用紙。他の物を買うことはほとんどない。ノアの許可が得られないのだ。
この日も、クロエは店の隅っこにある蒼い石に心を奪われたのだが、ノアの無言に圧力により手に取ることすらできなかった。
「また、来月。待っているからね」
必要なものを受け取ると、さっさと店を出て街を離れる。街を出る時、また樫の木の枝を投げつけた少年とすれ違った。
「死霊と暮らす
最後に二人を見送ったのは、少年の罵声と、少年を後押しするようにクロエを睨む数人の村人の視線だった。
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