体験入学
「それよりさ。この街を出る前にさ、一つだけ寄り道していい?」
「良いけど……。あまり長居はしないよ」
玲奈の手を取って紫音は歩き出した。
たどり着いたのは高校だった。
「ここってもしかして紫音の高校だったの?」
「ううん、全然違うよ。でもなんとなくきてみたくなったの」
地図を見た時に、気になってらしい。
玲奈は手を引かれるままに、付いていった。
職員が出入りするような入り口は鍵がかかっては無かった。
ドアノブを捻るとすんなりと開く。
土足のまま上がり込むと、埃が舞っているがそれなりに綺麗だった。
どの程度の偏差値で、どのような部活動が盛んだったとか。
どんな生徒がいたのかとかはまるでわからない。
「こうなってるんだ」
思わずつぶやいてしまう。
壁には写真が並んでいた。
震災が起きた時と同じ年号の生徒達がにこやかに映し出されていた。
教室の扉を開けると、整列された椅子と机が並んでいた。
規則正しく、一定の間隔で。
雑然と物が置かれていることが多い現代で、ここだけは整理整頓されていた。
「紫音って昔はどんな子だったの?」
「普通の公立学校の普通の生徒かな、あんまし頭よく無かったから偏差値四十五とかしか通えなかったけどさ」
その言葉に玲奈は首を捻って考えていた。
「紫音って勉強出来ないんだ」
「おい、しばくぞ」
言いながらニコニコ笑っていた。椅子をひとつ掴んで座っている。
玲奈も見様見真似ですぐに隣に座った。
周りの風景と合わせて紫音を眺めてみる。
「こうしてみると、なんだか普通の学生の子に見える」
「まあ、年齢的にはそうだよ」
そう答えながら、笑ってしまう。
「私が女子高生してたのって四ヶ月くらいだと思う。地震とかデモとか起きちゃったからさ、強制退学なのかな? 温情があるのかな? よくわかんないや」
「そっか、私も高校生活ってやってみたかったな、こうやって授業とか受けて」
「授業なんてつまんないよ。こうやってさ。駄弁ってたほうが絶対に楽しい……本当なら来年、わたしって卒業を控えてる三年生なんだった」
「やっぱり昔の生活の方がよかった?」
「まーね。そりゃ、いまの生活はつらいからさ」
どこかしんみりとした声で話していた。
感傷的になってしまう。こんな時は誰でも。
紫音は黒板の前にたどり着く。
短いチョークを使って「卒業おめでとう」の言葉を黒板一面に大きく書いていた。
「これってどういうこと?」
「さあ? でも、気分的に良くない? あっそっか、シーズンが早過ぎるから『日直』の方だよね」
いうやいなや、紫音は端っこに「日直 九島紫音 鳥宮玲奈」と書き込んでいた。
玲奈はそれを眺めるしかない。
「わたしたちって普通の出会い方してたら、今も青春して、恋バナとか、帰りはカラオケして、結構仲良しになれてたって気がするんだよね」
「紫音、本当にそう思う?」
「思うよ。だって、タイプが違うから、逆に相性良かったと思う」
どこまでが本気なのかわからない紫音に振り回されるままだった。
「なんか久しぶりに学校って入ったな、玲奈も体験入学楽しかったでしょ?」
そう言いながら、紫音は廊下へと歩いていった。
「え、もういいの?」
「学校生活はもう終わり、飽きちゃったからさ。次の街へ向かおうよ」
どこまでも自由奔放な相方を追っていく。
玲奈は大きなため息をついた。
目指すは西。ここはあくまでも経過地点に過ぎない。
玲奈は一度振り向いた。
通ったことも来たこともない学校。
そのはずなのに。校舎から出るのは名残惜しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます