カラスの街

 途中、車のガソリンを詰め直すことになった。

 大通りを外れて、寄り道することになった。

 あたりを見回してみると、田舎町と住宅街の中間のような街だった。

 人気も無い。住宅街でさえ無いような。衰退したような街だった。

 震災前からこんな状態だったのだろうか。

 空き地と空き地の間の道路を車が走っていく。

「ねえ、この町って人っ子一人いないね、生活してた空気さえ無いや」

「そうだね、だけど、あの子達の街なのかもね」

 玲奈はぼんやりと顔を上にあげて、その黒い鳥達を眺めている。

 カラスがあちこちに点在していた。

 どこかに餌になるものがあるのか凄まじい数だった。

 電気の通ってない電線の上にズラリと並んでいた。

 それらが微動だにせず、こちらを見続けている。

 まるで部外者の二人を監視しているかのようだった。

「叫ばれて無いってことは、迎え入れられてるってことでいいのかな?」

「あんたってどこまでが冗談でどこまでが本気なのかわかんないや」

 その言葉に玲奈が少しだけ拗ねた顔をした。

「私は冗談ってあんまり言わないよ」

「いや、その……うん、悪かった」

 安全な地帯を探していると、目についたのは図書館と思わしき建物だった。

 二階建てで小さな街にも関わらず、その建物だけがやけに大きかった。

「ねえ、ガソリン詰めるのあそこにしようよ」

「図書館でするの?」

「地図とかもあるだろうし」

「地図なら志賀さんから受け取ったのがあるんだけど」

「そうじゃなくってさ……わたしのじいちゃんの本を探したいの」

 玲奈は言われるがまま、図書館の駐車場に車を停めた。

 ガソリンの他に、クルマ自体の点検もすることにした。

 後部座席から必要なセットを取り出していた。

「ねえ、図書館に入ってもいいかな?」

「オーケーだよ、まだ時間かかるし」

「それじゃ、行ってくる」

 紫音は建物の中に入った瞬間、足を止めた。

 匂いがした。人の生活の匂い。

 誰かが居るのは間違いが無かった。

「あはは、可愛いお客さんだな」

 突然、どこからか男の声がする。

「誰なの?」

 紫音は返した。

 声にはそこまで敵意や害意が感じられない。

 そんな様子だから返事をした。だけど、不安で怖くて仕方が無い。

「心配しないで、何もしやしないよ」

 ドアがゆっくりと開く。

 現れたのは若々しい華奢な雰囲気の青年だった。背が高くて美男子といっていい。

 それとワンテンポ遅れてしわがれた声がした。

「……こん……にちは…………」

 彼は車椅子の老人を押していた。



 笠原という青年は気さくなタイプで、まるで悪意が感じられなかった。

 用心深い玲奈からも特に警戒されなかった。

 本人が言うには「安全そうな人だから大丈夫」とだけ言うと、再び車の点検に入った。

 今は紫音と笠原で図書館の中の本を並べながら、車椅子の老人を挟んで話していた。

「これ、うちの父さんなんだよ。頭がボケちゃっててさ」

「お気の毒に……震災のショックとかで……?」

 天変地異の異常な生活で心身共に異常をきたした人間は多い。実際に発狂した人間を何度も見てきた。

 そういう自分もかなり危ういところまで行ったことがある。

「うーん、この人の場合、もともと少しボケが入ってたからなあ……色んな意味で。この生活がトドメを刺したとは思うかな」

 笠原の父親は呆けたような表情で紫音を眺めている。

 表情筋も弛緩しており、その心のうちまではわからない。

「……おじょうさんや…………」

 それだけ言うと、その続きの言葉は出てこなかった。代わりに口の端からヨダレが流れてくる。青年はタオルでそれを拭き取った。

「あはは、だめだろ」

 笑いながら笠原は甲斐甲斐しく世話をしていた。

 実の親でさえ、弱者なら見捨てるような人達ばかり見て来たから、紫音は驚いていた。

 ただ、その姿は痛ましくもあり、何となく居心地の良くない気持ちになる。

 そんな複雑な表情を浮かべる紫音を笠原は薄笑いで見ていた。

「綺麗なお嬢さんだろ? ちゃんと挨拶しなよ。父さんは女好きなんだからさ」

「………………そーかねぇ…………………」

 父親は窓を眺めていた。紫音もつられて空を見る。

 曇ったようなグレーな空がどこまでも続くだけだった。

 もしかしたら、何か別の光景が見えているのかも知れなかった。

「変なこと聞くんですけど、私たちのこととか怖くなかったんですか?」

「いや、特には。ていうか、君達の方が怖いと思うのが自然な気がするよ。こんな……」

 笠原は言い淀んだ。父親や自分の身体に目線を向ける。

「こんな男達を見たら逃げないと危ないだろ。意外と大胆なんだね」

「まあ……アイツが安全だっていうのがあるかな」

 窓から玲奈を見下ろして言った。すでに整備や点検は終えたらしく。車にもたれかかって両手を組んでいた。表情は変わらず。どこか眠たげだった。


「なんかさ、その九島って苗字って聞き覚えがあるな。何だっけ、地質学とかの本出してた人に似てる名前」

「それ、もしかして。九島修一って名前じゃないですか?」

「そう! それ! 良く知ってるね! 何で知ってんの?」

「アレってうちのじいちゃんなんです、『地質学の流儀と極意』ってタイトルで出してたと思う」

「そうなの? え? ちょっと待ってて」

 笠原は驚いた様子でその本を持ってきていた。ハードカバーの分厚い本。その本には図書館のラベルは貼っていなかった。

「それ、もしかして私物なの?」

「当たり前だろ。大ファンなんだよ。すごいな。お孫さんか。地質学も詳しいんだ」

「えーと、その本。わたし途中で飽きちゃったから読んでない」

「……うーん、そんなことだろうなとは思ったよ」

 笠原は残念そうにその本を平積みにした。

「君自身の名前は?」

「九島紫音」

 紫音は自分の名前を紙に書いて渡した。

「何か、最近の子って感じの名前だな。キラキラしてて良いと思う」

「それって皮肉ですか?」

 少しムッとしたような表情に笠原は微笑んだ。

「俺の名前が慎太郎だから、そういうかっこいい名前が羨ましいんだよ」

 結局、その日は図書館の中で眠ることになった。

 玲奈も特に否定することは無かった。

 二人とも軽いエコノミー症候群になりかけていた。

 足を伸ばして寝た方が良い。

 毛布は他の民家から拝借したものだった。


 笠原自身も自宅に帰ることは無く。ここで寝泊まりしているらしい。

 父親の世話のために障害者用のトイレがある図書館の方が楽なためだった。水が通ってなくても、手すりがあるだけで使いやすいらしい。

「これ、食うかい?」

 それは缶詰だった。

「え、良いんですか?」

 紫音と玲奈は顔を見合わせる。

 無償で食事を提供されたのは初めてだった。

「別にいいよ。俺一人じゃ食い切れないし」

 紫音は缶詰を手に取った。

 裏の成分表を見た時に首をかしげる。

「これって、有名な会社のやつじゃなかったっけ?」

 どこかで聞いたようなメーカーだったが、どうしても思い出せない。

「えっと、健康食品みたいな感じの……」

「良く知ってるね。そうだよ。ほら、ネズミ講のやつ」

「ああ、やっぱり……」

 玲奈は顔を困惑させていた。

 話についていけてないのだ。

「どういうこと、ネズミが入ってるの?」

 その答えに紫音と笠原が吹き出す。

「面白いお嬢さんだな」

「え、えと……」

 その言葉に玲奈は混乱するばかりだ。

 そのリアクションに紫音が笑い出す。

「違うよ、健康食品でもなんでもないのに。高いお金を払わせて稼ぐ詐欺のことなんだよ」

「もしかして、これインチキの商品なの?」

 玲奈は非難がましく缶詰を睨み付けた。じーっと見つめていた。

「まあでも、なんだろ。これのおかげで今日まで生きてこれたからさ。健康なのは間違い無いな」

 笠原は言いながら、苦笑していた。

 缶詰のタブを引いて開けた。

 中には青魚が入っている。

 どう見ても普通のサバ缶にしか見えなかった。

 みんなでそれを食べると。笠原はスプーンで父親の口元へサバを運んでいった。

 父親はそれをゆっくりと咀嚼していく。溢れてしまうことは無く。かなり手慣れていた。

 食べさせながら話を続けていた。

「父さんはさ、頑固親父でどうしようもないヤツだったよ。インテリの俺とは大違いさ」

 口の端を歪めて笑っている。

「ある日欲に目が眩んで、この缶詰を物置部屋が埋まるくらいに買い込んじまったんだよ、借金までしてさ。素人のクセに訳の分からない大胆さだよ。母さんが先に死んでてホッとしたのってあの日くらいだったよ。絶対に殺人事件沙汰になってただろうな」

 笠原はため息をつく。

「さすがにキレて問い詰めたらさ。父さんは人助けのために昔からの知り合いから買ったんだとか、お前の年金のことを考えてやったんだとか、散々言ってたさ。毎日のように喧嘩してたよ。そこから精神状態がおかしく成り果てちまったよ。だけど、この状況になってさ。よりによって、この缶詰の山が財産になるんだから人生って不思議だよな」

 それを聞いていて紫音は薄く笑みを浮かべた。

「つまりラッキーだったんだ」

 ああ、と強く相槌を打たれる。

 紫音にも玲奈にも目配せして口の端を歪めて笑った。

「そう、最高にラッキーだったさ。他の住民達は誰一人として気付かなかったし。遠くの街へ行ってしまったから独占状態だよ。最後の最後に人生最大の博打を当てちまうんだから。やっぱり天才だったなって思うよ」

 笠原は自嘲気味に笑っていた。作り笑いのようだった。

「おまけにこんな田舎町で、尊敬する先生のお孫さんに会うのも。なんだか不思議な巡り合わせだよな」

「そっか、喜んでもらえて良かった」

 父親が食事を食べ終えると、笠原はナプキンで口元を拭いた。歯磨きの世話をすると。

 みんなで横になっていた。

 毛布を被った。

 ロウソクの火だけがオレンジ色に周囲を照らしていた。

 紫音は疲れからか、うとうとしていた。

 半分くらい、ロウソクが溶けた時だった。

 深刻そうな声で笠原が喋り出した。

「……一つ頼みがあるんだよ。あんたに」

 玲奈の方に向き直って笠原は言った。

「頼みって?」

 笠原はもじもじしたような態度で頭をかいている。

「……拳銃を一つ、俺に分けて欲しい」

 その申し出に玲奈は驚いた顔をした。

 紫音は落ち着きなく笠原と玲奈を交互に眺める。

「どうしてなの?」

「父さん、最近ヤバいんだよ。体調には気を遣ってるけど。素人だから分からないことも多いし。食い物もレトルトばかりだからな。それで、いよいよ苦しみ始めちゃったし、どうしようって悩んでた」

「笠原さん……」

「だから、あんまりに苦しむようだったら、いっそ、一思いにラクにさせてやりたいってのがあるよ」

 玲奈は視線を横に動かした。

 何か考えているような仕草だった。

 戸惑うような。あるいは怯えているような。

「もちろん、タダとは言わないさ。望むだけの食糧品ならやるよ」

 並べられたダンボール箱を指差した。

 この世界ではもっとも貴重な食糧品。

 拳銃一つよりも遥かに希少価値が高い。

「……そんなこと言われても」

 よく見ると玲奈の手は震えていた。

「……少し考えさせてください」

「ああ、いいよ」

 玲奈は立ち上がると、弱々しい足取りで外へと出ていった。

「……ちょっとまって」

 追いかけようとするも、紫音は笠原のことを振り返る。

「やっぱり失礼だったよな」

 落ち込んだような表情で呆然としていた。

 紫音は笠原に向かって歩み寄る。

「笠原さんはお父さんのこと好きなの?」

 その言葉に、ふふっと笑い声をもらした。

「……まあ、基本的に馬鹿だけど、昔は……本当は優しかったからさ」

 言いながら、肩を落とす。

「そこのずっと先にネオンの派手な看板のバーがあってさ。そこで父さんは色んな話をしてくれたよ、中国人とも話してて。父さんがすごく大人に見えたんだよ。小学生の頃の話だよ。やばいな、いろいろと思い出が蘇っちまってる」

 その様子に紫音は優しげな眼差しを向ける。

「そういうの、なんていうの……安楽死ってやつかな。笠原さん本人が後悔しないかなって思うよ。きっとあいつも同じこと考えてるんだよね」

 笠原は頷く。何度も。

「俺も散々考えてたさ、だけど。状況が良くないからな。看取れるうちに看取っておきたい。俺が現実的に出来る親孝行ってやつかな……」

 ため息をついた。

「最初で最後の……」

 紫音はそれを聞いて、なにも言えなかった。

「ごめん、空気とか悪くさせちまって」

「良いよ、悩んでるのはお互い様だよ」

 そう言うと、立ち上がりドアの方へと駆け出していく。

「ちょっと、あいつの様子見てくるね」


 玲奈はぼうっと空を眺めていた。

 車に半ば寄りかかるような姿勢で。力が抜けたように。

「ねえ、星はよく見える?」

 紫音の問いかけに玲奈はゆっくり振り返った。その表情は悲しげだった。

「……こういうときってどうしたら良いのかな?」

 声も少し掠れていた。

「玲奈は嫌なんでしょ、最初からわかってるよ」

「うん、いやだよ……こんなの……間違ってる気がするから……」

 絞り出すような声。不安げな表情で紫音を見つめた。

 それに対して紫音は笑顔で返した。

「だからさ、考えたんだけど」

 紫音は車につかつかと近寄るとドアを開けた。

 その手にはリボルバー拳銃が握られている。

「わたしが渡せば良いってことだよね?」

 玲奈が目を見開いた。

「え、どういうこと?」

「玲奈が嫌なら、わたしが渡せばいいって考えたの。玲奈は止めたけど。わたしのワガママでこれをあの人に善意で差し出しましたってことにすれば良いんだよ。そうしようよ」

「そういうのっていいの?」

 玲奈は少し首を傾げたようにする。

「あはは、その仕草かわいいね」

 紫音は大袈裟に笑い声を上げた。

「でも、紫音は辛くないの?」

「まあ、ツラいけど。ある意味で人助けになるんだし。良いのかなって思うよ」

 そう言うと。弾倉を開いた。

 弾丸は全て引き抜かれてある。

 それを夜空に向けてみる。

 リボルバーの回転する弾倉、五個の穴に、月の光が反射して綺麗に輝いた。

「えっと、これの弾ってどれだっけ? 教えてくれる?」

「うん……」

 玲奈も弾丸を手に取ると。紫音の手のひらに数個渡していた。

「サンキュー」

 受け取ったものを両手で抱えると紫音は再び、図書館に戻っていく。

 それに付き添うように玲奈も小走りで横についた。

「なに? エスコートしてくれんの?」

「そうじゃなくて……」

「そうじゃなくって?」

「やっぱり私から渡す」

 玲奈はそう言うと。紫音の手からリボルバーと弾丸を取った。

「私が頼まれたから。あの人には私から渡すことにする。それであの人も納得できる気がする」

「うん、わかった」


 二人が戻ってくると、笠原は洗面器を慌てて隠していた。

 それは風呂場で使うような代物だった。

 二人は一瞬で状況がわかった。

 父親が血の混じった唾液か胃液を吐いたのだ。

 それを心配させないように隠していた。

「あー、ごめん。さっきの話、忘れてくれないかな」

 笑顔で取り繕っているが。その表情はどこか痛々しく。目の下の隈が目立った。

 玲奈は笠原のそばにしゃがみ込むと、リボルバーを差し出した。

「………………」

 何も言わず。何も言えず。笠原がそれを受け取った。

「本物ってこんなに重いんだな」

「使い方はわかる?」

「子供の頃、モデルガンで同じ物を持ってた。警察が持ってるのと同じヤツだろ?」

 それからしばらく考えこんでいるようだった。

 そして、隣の父親を眺めた。

「……苦しい思いさせてごめんな」

 それだけ言うと。笠原は玲奈に頭を下げた。

 二人は黙って彼を見つめていた。

「もう一つだけお願いがある。今晩は、この部屋で二人きりにさせて欲しい……」

 最後の方は少しだけ涙声が混じっていた。

「うん、いいよ……ゆっくりしててね……」

 玲奈と紫音は二人に背を向けると、部屋から出て行く。

 部屋を出たところで。手を繋いでいた。

「……紫音」

「なあに?」

「私、一人じゃなにも決められなかったよ」

「ううん、わたしのワガママ聞いてくれてありがとう」


 朝方は冷えた。

 紫音は震えながら起き上がった。

 昨日と同じような曇り空。

 アスファルトと灰色の空が無機質な光景を作り出していた。

「じゃあ、気をつけて行けよな」

「うん、ありがとう」

 車の後部座席にはダンボール一箱ごと食糧品が詰め込まれていた。

 サバの缶詰。

 父親が笠原に残した最高のプレゼント。その一部をトレードしたもの。

「玲奈さんだっけ? ちょっとこっちにきて」

 言われるがままに、笠原に近寄る。

 笠原は手を繋ぐと握手していた。

「感謝しても仕切れない」

 紫音も笠原と握手した。

「父さんもさよならしなよ」

 車椅子の老人は何も言わない。

 黒くて大きな目が二人を眺めるばかりだ。



 二人は車を発進させた。

 ゆっくりと車は進んでいく。

 この町は全体的に古っぽくて。理由もなくノスタルジーを感じさせるような作りだった。

 晴れていたらきっと良い街に見えただろうか。

「本当はさ、最後の挨拶の時に、お父さんが返事してくれるの期待してたんだよね」

 紫音は開け放した窓から外を眺めながら話していた。

 その言葉に玲奈が頷く。

「考えることって同じなんだね。私も願い事が叶えば良いのにって思ってた」

「あっ!」

 突然紫音が窓を開けると、身を乗り出した。

「ねえねえ、あれってさ」

「なあに?」

 紫音が指を差した先には、笠原が話していた。赤いビキニ姿の女が描かれた派手な看板のバーがあった。

『outsider』と書かれている。

 当時はネオンが輝いていたらしい。

「昨日の夜ね」

 その時だった。

 カラスの群れが一切に空へと飛び立っていくのが目に見えたのは。

「紫音?」

「え、いや。昨日ね、あの人が話してたバーってあれだったんだって話」

「そうなの?」

「うん、あの人がお父さんと過ごした思い出の場所だってさ」

 少し考えたように玲奈は黙り込んだ。

「紫音には思い出の場所ってある?」

「ええっと、あんまり思い付かないかも」

 それだけいうと、それ以上の会話は続かなかった。


 本当は気が付いていた。

 ミラーからでも、カラスが飛び立つのはわかっていた。

 その裏にある微かな銃声も。

 咄嗟に彼女の名前を呼んで、失敗したと思った。

 だから、もう一度気が付かないふりをした。

 それが一番良いのか。

 それともまた話題にするべきなのか。

 まったくわからない。

 ゆっくりと安全運転しながら。

 二人は先へと旅に出ていく。

 二度とは戻ってこない町に。

 カラスが飛んでいく。

 天へと上がっていく。

 曇の隙間から青い光が覗いていた。

 太陽の光が細い筋を作って輝いていた。

 霊魂が上がっていくような錯覚を覚える。

 心の中で手を合わせた。

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