第9話 オマジナイ

 建物の中央辺りになるのだろうか、食堂にカバンを運んだ俺は、そこに集まった子供たちから、ちょっとした英雄扱いを受けた。もっともライナリィがカバンを開けば、すぐそちらに興味は移動してしまったが。


 ライナリィとバレアナ姫、そして年長の子供たちが手分けをして、焼き菓子と飴を小さな子から順番に分け与えて行く。年長の子供とは言っても、俺と同い年くらいだろう。それを食堂の隅に立って見ているのは、何だか妙な気分だった。


 その年長組の中に、一人不思議な子供がいた。左手をズボンのポケットに入れ、右手だけでぶっきらぼうに焼き菓子と飴を配る女子。随分と不機嫌そうだ。そして年下たちに配り終わると、自分の分の焼き菓子と飴を手に、みんなから離れて一人で食堂の片隅に座り込む。だが、食べる様子は見られない。


 俺が目の前に立つと、その女子は刺すような視線で見上げた。感謝の「か」の字もない瞳。まあ、別に感謝して欲しい訳じゃないが。感謝される筋合いもないしな。


「何か用」

「左手を見せてくれないか」


 俺がそう言うと、明らかな警戒感を顔に浮かべてにらみつけて来る。


「何でよ」

「その手のことで困ってるのかな、って思ったからさ」


「関係ないだろ!」


 思わず出た怒鳴り声に、食堂の視線は一斉に集まった。それを後悔する表情を一瞬浮かべ、女子は立ち上がろうとした。だが、立ち上がれない。俺の右手の人差し指が、彼女の額の中央を押さえたからだ。


 俺は小さな声でつぶやく。


「イタドリの国のくすの看板、ケガにはらいた、神経痛。痛いの痛いの……元の持ち主に飛んでけ」


 その瞬間、俺の背後から悲鳴が上がった。振り返れば、年長組の子供が三人、左手を押さえてしゃがみ込み、食堂は騒然としている。


 それを見て愕然としている女子に俺は言った。


「おまえはもう痛くないだろ」

「えっ」


 慌てて左手をポケットから抜き出して見つめる。そして様々な感情が入り交じった目を向ける彼女に俺はたずねた。


「おまえ、名前は」

「……レイニア」


「じゃあレイニア、このことは内緒だ。二人だけの秘密だからな」

「は、はい」


 そこへバレアナ姫が近付いて来る。


「その子がどうかしましたか」


 俺は頭を掻いて苦笑してみせた。


「いや、食欲ないみたいなんで話しかけてみたんですけどね、怒られちゃいました」


 姫はしばし俺をじっと見つめていたが、やがてレイニアに微笑みかけた。


「大丈夫、レイニア」

「は、はい大丈夫です、姫様。お菓子ありがとうございます、後でいただきます」


 そう言いながら立ち上がると、そそくさと食堂を出て行った。




 左手に痛みを覚えた三人は、どうやら骨折していたらしい。まったく、不思議なこともあるもんだ。


 お菓子を食べた後、ライナリィを囲んで子供たちが針仕事を始めた。もちろん小さな連中はただ針を布にくぐらせるだけだが、年長組はちゃんとした服を仕立てているようだ。中には男子もいた。それを俺と姫は食堂の隅に腰掛け眺めている。


「男の子も針仕事するんですね、ここでは」


 何気なくつぶやいたのだが、バレアナ姫はおかしそうに微笑みながら俺を見つめた。


「仕立屋はたいてい男の人がやっているのではなくって」

「ああ、そう言やそうですね。あれはどこで針仕事覚えるんでしょう。やっぱり仕立屋の息子が後を継ぐのかなあ」


 するとバレアナ姫は少し悲しそうに子供たちを見つめた。


「何故、そう思うのでしょうね」

「何故? ですか」


「あなたを責めている訳ではありません。ただ、男が針仕事をしていたらおかしいと言われ、でも仕立屋の後を継ぐのは息子だと言われる。別に刺繍や裁縫、編み物が得意な男の子がいてもいいし、仕立屋を娘が継いでもいいはずなのに、何故この世界はそうではないのでしょう」


「ああ、なるほど。それは確かに不思議ですね」

「昔からそうだから、というのは一つの理由でしょう。でも、いつまでもそうあり続けようとすれば、いずれ世界は腐り、崩れ落ちるような気がします」


「まあ応用の利く柔軟な世の中の方が、イロイロと楽なようには思いますけどね」


 俺を見つめるバレアナ姫の目には、少し驚きの色が映っている。


「あなた、本当に十五歳ですか」

「十五歳だからですよ。頭が柔らかいんです。大人は頭が固すぎていけない」


「……そうでしょうか。いえ、そうなのかも知れませんね、きっと」


 微笑む姫の横顔には、歴戦の勇者の面影が見えた。ああ、この人はこれまでこの世界のあれやこれやと戦って来たのだろう。まったく厄介で面倒臭い話だ。でも放ってはおけないしな。何ともかんとも。

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