第10話 対策
俺たちがライナリィに別れを告げて馬車に戻ったとき、ちょうど広場では人だかりができていた。
「伝令ーっ! 伝令ーっ!」
茶色い服を着た男が噴水の縁に上って大声を上げている。
「本日、お屋敷に賊が侵入した模様! ケガ人はなし! 盗まれた物はなし! 怪しいヤツを見かけたら、お屋敷か町役人にまで連絡するように!」
しかしバレアナ姫は気にならないのか、平然と馬車に乗り込んだ。俺も後に続く。
「賊かあ、どこの誰なんでしょうね。怖い怖い」
俺がそう言うと、姫は無言でこちらを見つめる。
「え、何か」
固い笑顔を見せた俺に、姫はまた平然と首を振った。
「いいえ、別に」
大丈夫……だよな、これ。たぶん。
俺たちの乗った馬車が屋敷に近付くと、入れ替わるように出てきたグローマル殿下の大きな馬車とすれ違った。
「あれ、お出かけでしょうか」
「弔旗を立てていましたから、どこかの葬儀に出席するのでしょうね」
そう答えるバレアナ姫は、行き先に心当たりがありそうには見えない。ならば聞かされていないのだろう、ガスラウ親王が殺されたことを。
影屋敷に帰り着くと執事のアルハンが出迎え、バレアナ姫にグローマル殿下からの伝言を伝えた。やはり夫婦揃ってガスラウ親王の葬儀に出るらしく、留守を頼むとのこと。しかし何故ガスラウが死んだのかについては何も言わない。バレアナ姫は一瞬にらみつけるようにアルハンを見たが、それ以外はいつもと変わりなく、平然と受け止めたようだ。
育ち盛りのこの体には、昼間の焼き菓子だけでは物足りなかったが、コソコソ食い物を漁るのもさすがに格好が悪い。腹をグーグー鳴らせながら夕食のときを待った。ワイラ妃殿下は出かけているのだ、マナーをとやかく言われずに食事を堪能できるだろう。
やがて腹の中がギュルギュルと締め上げられるような音を響かせ始めた頃、ようやく夕食の用意ができたと下女が呼びに来た。もしや毎日これなのだろうか。何か対策を立てる必要があるな。
夕食は魚料理だった。あまりがっつかないよう落ち着いて食べたつもりだが、もしかしたら姫には見抜かれていたかも知れない。とにかく芋とパンとで腹は膨らんだものの、朝まで持つかな、これ。
そして深夜。眠れない。いや、眠くない訳ではないけれど、まだ眠るわけにも行かない。
と、そのとき。部屋の扉が閉まる小さな音が聞こえた。ベッドサイドのランプの明かりを絞れば、寝室の扉がゆっくりと開く気配がする。それは毛布の端をめくって中に入り込もうと……。
「何やってんだよ」
「うわ、ビックリした」
ベッドから手を伸ばしてランプの明かりを大きくすると、寝間着姿のマレットが目を丸くしてしゃがみ込んでいる。
「見つかったらしいじゃないか。よく逃げ出さなかったな」
俺がそう言うと、マレットはフンと顔をそむけて立ち上がった。
「見つかってないよ。ちょっと後始末が悪かったから気付かれたけど、アタシだってバレちゃいないし」
「で、どうだった」
するとマレットはニンマリと見下ろすように俺を見つめる。
「抱いてくれたら、寝物語で教えてあげる」
「じゃあ帰れ」
「ああん、即答するなよぉ。せっかくその気で来てやったのに」
「そういうのはいいから。とにかく話せ」
マレットは不満げにベッドの端に腰を下ろすと、話し始めた。
「ガスラウ親王は暗殺らしい。でも、だまし討ちとかそういうんじゃないみたい」
「だったらどんな暗殺だよ」
「まず宮殿の真正面から凄いヤツが一人、力尽くで入って来て、あ、イヤラシ」
「おい」
「でね、警備の連中を片っ端から斬り殺したんだってさ。当然みんなその凄いヤツをどうにかしようとするじゃない、そんで普段はガスラウを付きっきりで守ってた五人の精鋭をぶつけたらしいよ。そしたらその騒動の隙に、忍び込んでいた凄いヤツの仲間がガスラウと妃と王子を殺して、オマケにその精鋭部隊も全滅させられて、おしまい、みたいな」
俺は自分が難しい顔をしていることを自覚していた。
「そんなメチャクチャ凄いヤツがいたのか」
「アタシはメチャクチャにしてほしいんだけどなあ」
「そいつらの名前はわからないのか」
「無視かよ。連中は『亡霊騎士団』って名乗ったらしいね」
「心当たりは」
「ある訳ないじゃん」
「だよな」
まあ、さすがにそこまでご都合主義には行かないか。俺がそう思っているとマレットが続けた。
「ただ、その凄いヤツは闇の中で赤く光る剣を使ってたんだって。それが人間を鎧ごと真っ二つにしたってさ」
「なるほど、普通の剣じゃない、か」
「何かわかったの」
何だかんだ言いながら、その部分には興味があったのだろう。しかし、その問いには苦笑を返すしかない。
「わかったことは何もない。ただ、対策は必要だな、と気付いただけだ」
マレットは不審げな顔を見せる。
「亡霊騎士団がここにも来る?」
「とりあえず、来ると思っておいた方がいいだろ」
「どんな対策する気よ」
「それはこれから考えるしかない。亡霊騎士団が短気じゃないことを祈るばかりだな」
そう答えた俺の胸には、ある考えが湧き上がっていた。だが、これはさすがに。こんな悪魔的な発想をするヤツなんて、そうザラにはいないはずだ。それが顔に浮かんでいたのだろう。マレットは不思議そうにたずねた。
「何を思いついたの」
「明日、ガスラウの葬儀が行われるんだよな」
「だから?」
「おそらく国中の王族が参列するはずだ」
「そりゃね」
「そこにもし、亡霊騎士団が現われたらどうなる」
俺に視線を向けられて、マレットの顔から血の気がドンドン引いて行く。
「もちろん」
俺は苦しげな息を吐いた。
「そう思わせておいて、こちらに現われる可能性もある」
「もしいまから支度して、ガスラウの宮殿まで馬車を飛ばしたら?」
「いつ頃到着する」
俺の問いに、しばらく頭の中で数字を動かして、マレットは答えた。
「明日の夜明けくらい」
「おまえが亡霊騎士団なら、明日の夜まで待つか」
「そんなの、そんなのわかんないよ」
「俺がやるなら、今夜。もう攻撃を開始しているはずだ。何ならとっくに終わってるかも」
容赦ない俺の言葉に、マレットは目に恐怖と涙を浮かべている。
「でも。何かあれば朝までに早馬が来るはず」
「早馬が殺されてなきゃ、な」
マレットは思わず立ち上がる。
「ちょっと、何よそれ。ヤバいじゃん!」
「声がデカい。落ち着けよ」
「だけど」
「ヤバいのはヤバいさ。でも、いまできることは何もない。王家だって無策じゃないだろうし、何か手を打ってる可能性もある。とにかく様子を見るしかないな」
「……いい人なんだよ」
マレットは涙目でつぶやく。
「旦那様も、奥様も、そりゃ気に入らないところもあるけど、いい人たちなんだよ。暖かくて、優しくて」
「今夜はとにかくもう寝ろ。明日のことは明日になったら考える」
俺の言葉に、マレットはまだ何か言い足りなさそうだったが、渋々うなずき寝室を出て行った。
さて、どうしたものやら。もちろんこの心配がまったくの的外れで、杞憂に終わることだって十分にあり得るのだが、いまの段階でそれを確かめる手段がない。未来予知とか千里眼とか、そんな便利な「オマジナイ」も知らないしな。
ああ面倒臭い。俺は平穏無事に暮らしたいだけなのに。
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