第8話 ライナリィ・ラインナル孤児院

 石造りの壁を様々な色のタイルで華やかに彩り、花や小鳥の描かれた店の中から、屈強な男が二人両手に、子供が何人も詰め込めそうな大きな革のカバンを四つ運ぶ。それらをハシゴを使って馬車の屋根に乗せるのだ。


 俺は呆然と見上げるしかない。


「……何です、これ」

「焼き菓子と飴です。お菓子屋で売っている物ですからね」


 と、姫はカバンの中身を当たり前のような顔で説明したが、俺は別にそれが知りたかった訳じゃない。


 男二人がカバンを馬車の屋根に乗せ終わると、ターベルが丸く膨らんだ革袋を三つ、男たちに渡した。おそらく銀貨が百五十枚というところか。男たちの笑顔がはじけた。


「毎度ありがとうございます!」


 バレアナ姫がうなずく。


「また来月もお願いしますね」

「はい、お任せください!」


 屈強な二人が笑顔で声を合わせると、バレアナ姫はそのまま背を向け馬車に乗り込む。俺も慌てて馬車に乗り込んだ。ターベルが馬車を出しても、振り返ればあの二人は馬車が見えなくなるまで見送っていた。


「いまのうちに一つ聞いておきたいんですけど」


 俺の問いにバレアナ姫は顔を向けた。


「何でしょう」

「この屋根の上の買った焼き菓子と飴、下ろすときはどうするんです」


「そのために、あなたに来てもらったのですが」


 やっぱりかあ。そりゃまあご婦人の買い物に付き合うって言っちまった手前、荷物持ちくらいは覚悟していたのだが、物事には限度があるだろう。どうすんだよあのデカいカバン。俺に下ろせって言うのか。いや、下ろして運べっていうのか。


 焼き菓子だからな、カバン落とせば中身がバラバラのグチャグチャになるのは見えてるし、どうしたもんかねえ。




 そうこうしているうちに馬車は路地を二回、三回と曲がり、やがて木造の建物の前に到着した。パッと見た感じ、広場の隅っこに急ごしらえで建てられたようにも思える。それなりに大きな建物だが、豪勢に金がかかっているような質感はなかった。


「ここは?」

「ライナリィ・ラインナル孤児院、リルデバルデ家が支援しているのです」


 そう言うバレアナ姫はいつも通り平然としていたが、心なしか楽しげにも見える。


 馬車が停まると同時に建物中央の扉が開き、子供たちが溢れ出た。その後ろから背の高い若い男、と思ったが、よく見ると男のような格好をしている女が子供たちと手をつなぎながら歩いてくる。そして馬車から降りたバレアナ姫の前に立つ。


「姫殿下、お元気そうで何よりです」

「あなたも元気そうですね、ライナリィ」


 さて、俺も馬車に乗ったままとは行かない。屋根の上の荷物も下ろさなきゃならんしな。角張った固い帽子を無理矢理頭に乗っけると、なるべく目立たないよう姫の後ろに降りたのだが、途端に小さな瞳に囲まれた。ズケズケと距離を取らずに近付く子供特有の視線。


「こら、失礼でしょう」


 子供らを下げると、ライナリィは恐縮して頭を下げた。


「申し訳ございません、王子殿下」

「いや、僕は大丈夫ですから。ハハハ」


 とりあえず笑ってはみたが、バレアナ姫の視線が告げている。顔に出ているぞ、と。


「それより、ハシゴありますかね。荷物下ろしますんで」

「あ、はい。すぐ持ってまいります」




 ライナリィが持ってきたハシゴを馬車に立てかけ、俺は屋根に上った。


「そういうことは私がやりますので、若旦那様」


 ターベルはオロオロしているが、まあこれも試験のようなものだろう。それなりに役に立つことをバレアナ姫に見せるのも悪くない。


 屈強な男二人が屋根に乗せた四つのカバンの持ち手を両手に、俺は小さくつぶやいた。


「岩山の岩屋に暮らす岩親父、力自慢で腕自慢」


 すると俺の細い両腕に、どこからか力が湧いてくる。そして四つのカバンを一度に持ち上げ、誰もが驚きに目を丸くする中、ハシゴを軽やかに下りて行った。


「どこへ運べばいいんです?」

「……あ、あの、こちらへお願いします」


 ライナリィの案内で俺は孤児院の中に入った。この「オマジナイ」の効果は長く続かないからな、それほど遠くじゃないといいんだが。

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