§ 1―23 廃村の先へ



 サイクロプスによって作られた赤黒い水溜りが広がり続ける中、虚ろに上を向き力無く刀を握る蓮が立ちつくしていた。


「蓮くん! 蓮くん、大丈夫なの?」


 歩み寄りながら、そう呼びかける護の言葉に意識が戻される。左肩がやけに痛むのを感じる。おぼろげながら記憶がある。きっとサイクロプスの拳を刀で受けたときに受けたものだろう。それでも、近づく護に無理やり応対する。


「あぁ。こっちは大丈夫だ。護は大丈夫なのか?」


「あはは……。全身痛いけど、なんとか歩けるよ」


 蓮はハッとする。愛菜は大丈夫なのか? 首を降り、倒れている彼女が目に入る。節々の痛みを置き去り、走り出して愛菜のもとにけ寄る。横向きに倒れて気を失っている愛菜の肩をさすり呼びかける。


「おい、愛菜! 愛菜! 大丈夫か? おい!」


「うぅぅ……。蓮?」


「そうだ。大丈夫なのか?」


「えぇ……。全身ボロボロみたいだけど、うぅっ。なんとか大丈夫そうよ」


「よかった。ホントに、生きててよかった」


「ふっ、その言い方は変ね。私たち、もう死んでるんだから」


「……確かにそうだけど、うーん、じゃぁ、何て言えばいいかな……」


「ふふ。あなたがそんな楽しそうな顔するなんて思わなかったわ」


「えっ? それはおれの言葉だよ」


 初めて変わった表情を見せた愛菜の横に座り、蓮は達成感と守りきれた安堵に満たされていた。



 3人とも身体はボロボロだったが動けなくなるほどの致命傷は幸い受けておらず、15分程度、座り込んで調子を整えた。



「そろそろ、行くわよ」


 愛菜の声にうなずき、立ち上がる。各々満身創痍で足元がふらふらしていたが、大きな試練を乗り越えた達成感が気持ちを高揚させていた。


 松明で照らされた薄暗い空間の奥には、入ってきた扉と同じような鉄の扉があった。ゆっくり歩を進め、肩の痛みをこらえながら3人一緒に扉を押し開けた。


 圧倒的な白。


 光に目がくらむ。ふいにそむけた目が慣れてきて周囲を見渡すと、境界線まで続く空と赤い地面が広がっていた。扉から5mも進めば柵もない崖があり、そこから下をのぞけば、20~30m下には赤い地面しか見えない。

 いや、赤い地面をよく見てみると、それは溶岩流であることが解かる。


 崖には幅1mほどの1本の頼りない吊り橋が伸び、50m程先の木々の緑がある陸地につながっている。


 3人は眼下に広がる光景と吹き上がる熱風に、唖然あぜんとさせられる。


「この橋を渡っていくしかなさそうね」


「だ、大丈夫かな? すごい揺れてるけど途中で落ちたりしないよね……」


 護がそう言うのも解かる。ところどころ割れている木の板が組まれ、縄で吊るされたボロボロの吊り橋は、誰が見ても不安を感じさせる。下に広がる溶岩流が、気流を発生させ、遠目に揺れている橋は蛇のように唸り、より恐怖感を膨らませる。


「……行くしかなさそうね。気を付けて進みましょう」


「そうだな。慎重に渡ろう」



 サイクロプスが巻いていた布を引きちぎり、それを使って蓮と愛菜は武器を身体に固定する。護は弓と弦で身体を挟み、袈裟けさに掛ける。両手で縄をしっかりつかみながら、蓮を先頭に、愛菜、護と順番に1歩1歩進んでいく。


 途中、揺れる吊り橋の中、愛菜が踏んだ木の板が割れて落ちそうになるが、蓮が手をつかんで引き上げ、事なきを得る。


 ようやく渡りきると、そこから先は木の板が点々と並べられた1本道が続いていた。道の先には500m程だろうか遠くに建物があるのがわかる。道の両脇は草木がしげり、いつ襲われるかと警戒しながら進んでいくと、建物の輪郭が見え始める。見覚えがある建造物。この地に来た時にいた神殿と似ている。


 近づいていくと神殿の周辺にもいくつか石造りの建物が建っているのが解かる。ゴブリンがまたいるかもしれないと一層警戒する。



 神殿の入口が見えてきたとき、道の真ん中に立つ白い服装でフードをすっぽりかぶった人影が、こっちを向いていた。固唾かたずをのんで3人とも武器を構える。


 突如とつじょ、白い服のソレは木の棒と一緒に左腕を真横に伸ばし、こちらに走り出した。


「護!」


「う、うん」


 その声に慌てて反応し放った矢は、簡単に木の棒ではじかれる。「なっ!」と驚く蓮を置き去り、緊張感をまとった愛菜が槍を構えて前に出る。


 相手が間合いに入るタイミングで突き出した槍先は、容易たやすく木の棒にいなされる。即座にくり出された右蹴りで、愛菜は茂みの中まで吹き飛ばされた。


 そのまま、蓮に向けって走ってくる白服に蓮は刀を向けて構える。振られた木の棒に刀を合わせる。何とか防ぐが、木の棒から伝わる力は尋常じんじょうなものではなかった。


 その時、白服がこちらにつぶやく。



「……チュートリアルはここまでよ」


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