§ 1―19 廃村の最奥へ



 遠くに見える村を囲う高い木の柵の一箇所に、旗がひらめくのを目印に、進行方向を確認しながら、立ち並ぶ廃屋はいおくの合い間を慎重に進んでいく。


 途中、少し離れた廃屋の壁に寄りかかって座るゴブリンがいた。まもるが「こ、ここは任せて」と言うと、弓に矢をつがえる。距離にして10m程だろうか。弓弦ゆみづるを引く姿は、受けてた印象と違い、胸を張りたくましく見えた。


 丁寧に狙って放たれた矢は、見事にゴブリンの頭に命中する。何をされたかも分からなかっただろう。悲鳴も上げれず、横に倒れ崩れる。それを見ていた愛菜が関心したように言う。


「驚いたわ。すごいじゃない」


「こ、高校で弓道部だったから……」


 護は恥ずかしそうに下を向く。


 ホントは怖いのだろう。だが、なんとかしようと奮い立ち、近くにいる2人の存在が後押しをし、護の弓は幾度も引かれた。


 護の弓術の腕は相当なものだった。10m程度であれば、止まっている相手に確実に矢を当てる。仕留めそこなったとしても、苦しんでいるところを蓮と愛菜で詰め寄り、とどめを刺していく。


 護の弓矢をメインにし、戦闘を最小限に抑えて進んでいく。


 そして、ついに旗がひらめく、木の柵の先に通じる扉に辿り着く。その扉は鉄製の2m程の両開きの扉で、扉の前には木の盾にショートソードを持つ3体のゴブリンがいた。門番をしているように、立ちはだかっている。


「見て。扉に鍵がかかってる」


 愛菜が言うように、門には遠目からでもわかる南京錠なんきんじょうがついている。


「鍵か。……この広い村で探さないといけないのか」


「ちょっと待って、鳴無おとなしくん。化け物の腰に掛かってるのって、鍵なんじゃないの?」


 愛菜が言うように、一番門に近い場所にいるゴブリンの腰のあたりに鍵束かぎたばが見える。要は、あの3体のゴブリンをきっちり倒さないと、奥には進めないってことのようだ。


「この距離でも、当てられるか? 十二月田しわすだ


「た、たぶん、大丈夫」


「よし。十二月田しわすだの矢が当たったら、おれと水無月さんで突っ込もう」


「わかったわ。それでいきましょう」


「他のゴブリンたちが寄ってきたら、それも十二月田が矢で狙ってくれ」


「う、うん」


「それじゃ、行こう!」


 蓮の声に2人はうなずき、護が弓弦ゆみづるを引く。慎重に放たれた矢は、鍵束を持ったゴブリンの胸に見事に刺さった。


 それを見終わった蓮と愛菜が一斉に残りのゴブリンに向けて走り出す。勢いそのままに繰り出した斬撃と刺突は、それぞれ違う2体のゴブリンの盾にふせがれる。


 愛菜は昨日の反省を生かし、盾に防がれようとも積極的に突いていく。盾を5回目に突いたとき、えて前に出る。剣の間合いに入ったゴブリンが案の定、剣を振ってきたのを後ろに下がりかわし、即座に力を入れて、隙ができたひたいを突き刺した。



 蓮は逆に、相手が袈裟けさに振るった剣撃を受ける。体格差をかし、つばぜり合いで相手を押し、体勢を崩したところに、振りかぶった刀を振り下ろす。斬撃は右肩から胸のあたりまで切り裂く。

「クアァァ!」と悲鳴をあげて苦しんでいるところをさらに詰め寄り、首を払い裂く。悲鳴は止み、そのかわりに、大量の血が首から噴き出す。


 蓮はすぐに振り返ると、物陰から2体一緒にゴブリンがこちらにけ寄ってくるのに気づく。が、そこに護の矢が放たれ、ゴブリンたちの眼前を通り、怯み、足を止めさせた。


十二月田しわすだ! こっちに来るんだ!」


 呼びかける蓮の声に反応し、建物の陰から護が走り寄ってくる。


「水無月さんは、鍵を開けてくれ。ゴブリンはなんとかするから」


「わかった」


 解錠かいじょうは愛菜に任せ、蓮はゴブリンたちに向かっていく。


 蓮は愛菜のことを必ず守ると、今朝から必死だった。ゴブリンの異様さにも多少慣れてきたのもあるが、躊躇ためらわずに刀を振るうことが、愛菜を守ることにつながると自分に信じ込ませていた。


 少し前にいたゴブリンが予想どおりに手斧を振りかぶると、右足を前に滑り込ませながら刀を左から手を返し、横一文字に振るい、腹部を切り裂く。


 すぐ後の2体目を迎撃するため、即座に体勢を整える。少し腕を前に出し、切っ先を相手に向ける。間合いもわからず、振りかぶって近寄ってくるゴブリンの打撃を、横への体捌たいさばきでかわし、体勢を崩したゴブリンの首を小さく刀をかついで、無慈悲に切りつける。


 息を乱しながら扉に目をやると、愛菜が南京錠を開けるのが見えた。護も扉に到着するところだ。これで先に進めると蓮も息を切らしながら足を動かす。


「鳴無くん!」


 こちらを伺っていた護の叫び声にはっとする。叫び声の主の顔を見て、ただごとではないことが分かり、後ろに振り向き様に頬をかすめて何かが通り抜けた。目を見開く。瞳を動かすと、床に刺さった矢を見つける。慌てて周りを見渡すと、隠れているがボーガンを構えるゴブリンが4、いや5匹はいる。


「水無月さん! 扉を開けて! 早く!」


 愛菜も蓮の声に反応し、槍を護に渡し、両腕で重い鉄の扉を押す。ギギギギィ……とゆっくりと扉が開いていく。


 ボーガンの矢が降る中、護の機転を効かせて弓矢での牽制もあり、なんとか扉の中に雪崩れ込む。すかさず、愛菜が今度は中から扉を押し入口を閉める。


 息も絶え絶えになりながら周囲を見渡す。薄暗い広い屋内の中、埃っぽい空気と共に異様な気配が充満している。愛菜も護もその気配を感じているのか、3人は緊張感を張り詰める。


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