§ 1―18 弱虫な弓使い



「やめろ! おれたちは人間だ!」


 蓮の声に反応したのか、その人間は弓を降ろす。様子をうかがっていた愛菜に声を掛ける。


「水無月さん。大丈夫そうだ。床板を閉めて、降りてきて」


「わかったわ」


 そう答えて、愛菜は恐る恐る梯子はしごに足をかけ、床板を閉める。部屋の中が暗くなる。


 蓮は構えを解き、小声でたずねる。


「きみは?」


「……ぼ、僕は、十二月田しわすだ まもる。……ご、ごめんなさい。ゴブリンだと思って」


「……当たってないから、もういいよ。おれは鳴無おとなし れん。こっちは水無月さんだ」


水無月みなづき 愛菜あいなよ。……それで、あなたはここで何しているの?」


「ぼ、僕は、ただ隠れてただけだよ」


「隠れてたって……。元のあの神殿がある場所に居ればいいじゃない?」


「こ、ここに入れば、牛の化け物にも殺されないから……」



 十二月田 護の話では、この地下室には1カ月程前に偶然辿り着いたとのことだ。ミノタウロスに殺される苦痛に耐えきれず、廃村に向かう5人のグループの後を追って、この村に入った。しかし、そのグループはすぐにゴブリンたちに全滅させられ、残った彼は、当てどなく村の中を逃げ惑った末に、この地下室を見つけたらしい。それからはずっと息をひそめて、この地下室で過ごしていたとのことだ。



「……それじゃ、そろそろ行くよ。驚かせて悪かったな」


「い、行くって。外に出るの? ここに居れば殺されないで済むんだよ?」


「確かにな。それでも、俺たちは先に進みたいから」


「こ、怖くないの? あ、あんな痛みは、もう2度と受けたくない……」


「おれだって怖いよ。……ただ、何もしなかったら、ここに来る前と同じだから……」


 その蓮の言葉に、十二月田 護はハッとする。彼も自殺してここに来た。それなのに、自殺する前と同じことを繰り返し、一人でこんな地下室にこもっている。この状況を……この宿命を……変えたくて、命を投げたのに……。


「……先に進んだら、楽になれるかな……」


「楽になれる? ここは地獄なのよ? 楽になれる場所なんてないわ」


「……そ、そうだよね。ここでじっとしてても、ただ辛いだけだった……」


「そう? 殺されないだけでも、ここは天国じゃない?」


「そ、そうかもしれないけど……」


「まぁ、好きにすればいいんじゃないの。私たちはそろそろ行くわ。騒がしてごめんね」


「ちょ、ちょっと待って。……ぼ、ぼくも連いて行っていいかな?」


「はぁ? 急に何を言い出すの?」


「もう……、もう、ここに居たくないんだ! も、元の場所に戻るのも嫌だから……」


「……。ねぇ、鳴無くんは、どう思う?」


「……好きにすればいいよ。後悔しないようにすればいいさ」


「一緒に行っていいの? ホント!? あ、ありがとう」


「でも、きみを守る余裕はないから。自分の身は自分でなんとかしてくれ」


 理解してるのかわからない。ただ、死んでも結局同じことを繰り返していることに気づかされ、そこから逃れるキッカケに必死にすがりつこうとするその表情に、蓮はわずかに同調した。



 梯子はしごを上り、床板を少し浮かせ外の様子をうかがう。周囲にはもうゴブリンたちはいないようだ。なるべく音を立てずに外に出る。暗闇の中にいたせいか、日の光に目がくらむ。


 明るい場所で改めて見ると、十二月田しわすだ まもるが同年代で、少し背が低く、髪が天然パーマのようにクルンとしているのが解かった。ふちのないメガネで、カーキ色のブレザーを着ていた。腰には矢筒をたずさえ、背に簡素な弓を背負っている。


「もうゴブリンたちはいなそうね。行くわよ」


「あぁ」


 護は返事はせず、静かにうなずいた。



 思わぬ同行者と出会い、ゴブリンが徘徊する廃村を脱する道程も、半分を過ぎたところに差し掛かっていた。


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