§ 1―15 身勝手な謝罪



 蓮は夢を見た。


 そう……。あれはまだ父さんが生きていて、我儘わがままを言って初めて剣道クラブに連れて行ってもらったときのことだ。子供には重過ぎる父の竹刀を、力任せにでたらめに振りまわしている横で、父さんはいつもは見せない厳しい顔をしていた。


 思いどうりに竹刀が振れなくて、つまらなくなり、その場に座り込んだときに、父さんはぼくの頭に手を置き、今まで聞いたことない低い声で言った。


「なんだ、終わりか? 自分でやるって言ったのに、もうあきらめるのか?」




 父の姿と声をなつかしみ、ゆっくりとまぶたを開く。昨日も見た夜空が広がり、明らかに大きい満月が一面を静かに照らす。夢のおかげか、随分ずいぶんと気持ちは落ち着いていた。


「……そうだった。彼女を手伝うって言ったもんな……」


 廃村はいおくに出掛ける前にした、彼女との話を思い出す。怒りと恐怖以外の心のざわつきに戸惑いながら立ち上がり、彼女と話した鉄格子の扉に向けて歩き出す。



 寝ているのか、ただその場でじっとしている若者たちの間を抜け、月明りで神秘的な神殿まで行き、そこから続く石畳の道をただただ歩く。遠目に鉄格子が見えてきたころ、見間違えることのない真っ白な髪の少女が石碑の横に立っているのが見えた。彼女はこちらを見ているようだ。こちらが来るのを待っていたのだろう。


「やっぱり来てくれたわね」


「あぁ。きっとここにいると思ったよ」


「また一緒に村に行ってくれるってことでいいのよね?」


「その……つもりではいるよ。でも、その前に謝ろうと思って」


「謝る?」


「うん……。ごめん……。きみのことを守れなくて。……とりあえず、それを言いたかったんだよ」


「……ねぇ。何言ってるの? やめてよ! あなたに守ってもらいたくて、お願いしたわけじゃない!」


「え?」


 こんな強い語気で謝ったことに反発を起こされるとは思いもよらなかった。無表情だった彼女の顔は怒りがにじみ、彼女はにらみつけている。


「……私は、守ってなんかほしくない。……いざとなったら、だれも守ってくれやしない! みんなその場では、口先だけで調子のいいことを言うけど、面倒になると、無責任に無視する。都合が悪くになると、逆に、こっちを攻めてくる。特に男はね。……あなただってそうでしょ? 守るって思ってたなら、ちゃんと守ってみてよ!」


 彼女の言葉が、鋭利に心に突き刺さる。自分で何度も思っていたが、人から言われたのは初めてだった。咄嗟とっさに言葉を返せない程、蓮は狼狽ろうばいした。


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