§ 1―13 廃村進行、失敗



 半壊から全壊している廃屋はいおくが不規則に、5m~10m程の間隔を空け、無数に立ち並んでいた。闇雲に進むと迷ってしまうに違いない。鉄格子の扉から続いている道だけを目印に、身を隠しながら進んでいく。


 途中、ゴブリンたちが無造作に立てる足音や奇声、わずかな呼吸音すら聞き逃さないように2人、聞き耳をたてながら進んでいく。おかげで、建物の角から隙を突いたり、壁に寄りかかっているところを、壁越しに裏から突き立てたりし、さっきのように囲まれることなく進めていた。


 愛菜は、好戦的に飛び出そうとする蓮を、その都度、手で静止し、慎重だが大胆にゴブリンを一撃でしとめていく。無表情に、躊躇ためらいなく実行する。まるで、魚をさばく板前のように、無駄のない作業をこなすように。



 愛菜が6体目のゴブリンを後ろから腹部を貫き倒したところで、Y字路の分かれ道に差し掛かった。廃屋の物陰でひそひそと相談する。


「どっちに進む?」


「私も分からない。ここまで来たのは初めてだから。でも、あそこを見て。座り込んでるやつがいる」


 左の道は登り坂になっており、右の道はなだらかな下り坂になっている。左の道の坂の途中、廃屋に寄りかかって座りこんでいるゴブリンが確認できた。愛菜は無駄な戦いは避けるべきとし、右の下り坂を進むことにした。


 下り坂の道に沿って、変わらず物陰に隠れながら進んでいく。しばらく進むと、廃屋がなくなり、比較的崩壊してない、少し大きめな木造の家の前を通るように道が続いていた。


「まずいわね……。隠れる場所がないわ」


「……ここまで来たら、行くしかない」


 下り坂に入ってから、ゴブリンたちの死角をすり抜けてきた。ここから、また分かれ道まで戻るのも危険であることもあるが、登り坂を進んだとしても、安全に進める保証もない。


「いいわ。あの家の裏側を抜けていきましょう」


 蓮は静かにうなずく。



 愛菜を先頭に、身をかがめながら家に近づいていく。1歩2歩と足音を立てないようにゆっくりと進んでいく。家まで5m程のところで、ゴブリンが急に出てこないか注視していると、家の窓であろう隙間からのぞくゴブリンと目が合う。その途端、ゴブリンの奇声が家の中から上がった。


「まずったわ! 来るわよ」


「わかってる!」


 その場で2人とも武器を構える。見えていた入口から出てきたのは、2体のゴブリンだった。しかし、今度のゴブリンたちは、右手に握られた手斧のほかに、左手にはボロボロの木の盾を構えていた。


「くあぁぁぁ!」


 ともはや聞きなれた奇声を上げ、2人の前に走り寄ってくる。間合いに入る前に、こちらに盾を構え、そこからゆっくりと近づいてくる。


 蓮は随分ずいぶんと落ち着いたものの、身体中から匂い続ける血の匂いに、まだ怒気が収まりきったわけではなかった。目の前に現れた怒りを発散させる対象に、漫然まんぜんと向かっていく。


「そんなものがなんだ!」


 そう叫びながら力をめ、刀を盾に叩きつける。盾は少し破損するが、盾で受けることに慣れているのだろうか、姿勢を前のめりにし、体勢を崩さないように踏ん張っていた。それにひるまず、蓮は刀を力の限り2度、3度と盾に叩きこんでいく。


 一方、愛菜は槍を前に構えたまま、攻めあぐねていた。体勢を先に崩させる戦法だったため、待ちの姿勢をとる初めての相手に戸惑う。どう攻めるか考え抜いたあげく、焦ってボロボロの盾のわずかな木の隙間を通そうと槍を突く。ゴブリンはにやりと笑い、中途半端に放たれた突きに盾を少し動かし防ぐと、力の込められていない槍は簡単に弾かれる。それを見逃さずに、ゴブリンは間合いを詰め、盾を前に構えながら、手斧を振りかぶる。必死に避けようとし、身体をひねるが、石でできた手斧は、愛菜の左の肩を殴打した。


「うぅっ! あぁ……」


 鈍い音がした。激しい衝撃と痛みが、骨を砕いたことを認識させる。あまりの痛みに槍を手放し、その場に倒れこむ。



 怒りのままに刀を叩きつけていた蓮の視界に、倒れている愛菜にゴブリンがさらに追い打ちをかけようとしている姿が飛び込む。動きが止まる。


「水無月さん!」


 そう叫んで、助けに向かおうとしたとき、風を切る音が聞こえ、後頭部に衝撃を受ける。倒れまいと堪えながら瞳を動かし、衝撃を受けたほうを見ると、3体のゴブリンがおり、手斧をこちらに投げつけていた。その最初の一投がみごとに直撃したことを理解した。


 蓮は意識を失いそうになりながら、堪えられず前のめりに倒れる。必死に視線を愛菜のほうに向けると、ゴブリンの手斧が力いっぱいに彼女の頭部を殴打している瞬間を目にする。彼女に対する感情を持つ前に、背中に衝撃が走る。


「ぐはっ! あぁぁ……」


 激痛が意識を満たす。


 そしてすぐに、頭部に激しい衝撃を受け、意識が消えた……


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