§ 1―11 対峙する恐怖



 異形の化け物に相対する白雲の髪の女子高生。彼女、水無月みなづき 愛菜あいなはここに来るのが4度目ということもあり、槍という武器の扱い方を少し理解してきていた。


 間合いを広く取れるという優位性。


 ゴブリンが持っている手斧よりもはるかに長いその射程は、1対1において圧倒的なアドバンテージがある。しかし、先に槍を突き、仕留められればよいが、急所を外した場合には間合いに入られてしまう。そんなリスクを回避するために彼女が考えたのは、持ち前の俊敏さを活かして相手の1撃目をかわし、その隙を突くという戦法である。


 槍先を向けられ警戒していたゴブリンは、槍が一瞬下がったのをきっかけに、前に距離を詰めながら手斧を大きく肩の上まで振りかぶる。罠にかかったその様子を見て、少し引きつける。勢いよく振られる手斧を彼女は思惑通りに後方に素早く飛んで避ける。


 何も考えず力いっぱい振り下ろした手斧に体勢を崩しているゴブリンを目で確認すると、避けて即座に、がら空きの脇腹を槍で躊躇ちゅうちょなく突く。生き物に突き刺さる嫌悪の感触を伴い、15cmほどある刃先が半分以上喰い込む。


「くあぁぁ!」


 ゴブリンが悲鳴をあげる。しかし、愛菜は手を止めず槍を引き抜き、今度は首を目がけて血の付いた槍を突き刺す。


「ガァッ……ガフッ……クァァ……」


 喉に見事に突き刺さった穂先から血が吹き出す。出せない声で必死に断末魔をあげ、命という糸が切れ、ゴブリンは前のめりに倒れた。



 その戦いぶりは過去3度のこの村での戦闘経験から身に着けたものである。元バスケットボール部でつちかった足腰の俊敏さを活かし、躊躇ためらわずに急所を突く。これが水無月愛菜の戦い方であった。



 一方、蓮はゴブリンの異様さに恐怖をいだいていた。前に構えた刀は、それを持つ両腕と一緒に震えている。


「くあぁぁぁ!」


 奇声を上げながら、振り上げた手斧を蓮に向けて振り下ろす。その手斧に必死に刀を合わせ、なんとか受けるが、衝撃で倒れこみ刀を手放してしまった。見上げると、ゴブリンは下卑げびた笑みを浮かべ、蓮を見下ろす。そして、再度ゴブリンは手斧を振りかぶる。


「くぅっ!」


 なんとか横に転がり、力いっぱい振られた手斧をかわす。逃げるだけで精一杯で、反撃する気などまったくかない。鼓動が激しく聞こえる。息遣いが荒くなっている。

 ゴブリンはこちらに顔を向けると、まだ笑っている。3歩近寄り、今度は逃げられないようにと蓮の身体をまたぎ、手斧を振りかぶり頭を叩き割ろうとしたとき、ゴブリンの頭に槍が突き刺さる。


 赤黒い血が噴き出し、蓮は頭からその血を浴びる。横目に槍を投げたであろう水無月の姿が見えた。そして、嫌悪感を抱かせる匂いがする。血の匂い……。その匂いが封印した記憶を呼び覚ます。頭に浮かぶ……銃を撃たれた父の姿が……。


「うわぁぁぁぁ!」


 許せない! 父を奪ったあいつを! 


 錯乱した蓮はゴブリンの死体をどけ、立ち上がる。近くにあった刀を拾い、ゆっくり村のほうに歩き出した。


 無意識にめ込んできた怒りをぶつけるために……。


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