§ 1-10 廃村のゴブリン



鳴無おとなしくん……ねぇ、もう朝よ。そろそろ起きて」


 聞いたことのある声が聞こえてくる。……弥代やしろ? いや、違う。でも、最近聞いたような……。まぶた越しに光を感じ、寄りかかっている壁の硬さから、自分がどこにいるのかを徐々に思い出す。


「んんぅ……。あぁ……、おはよう。水無月みなづきさん」


 目の前には、白い髪とセーラー服と槍という、現実味を帯びない姿の女子が立っている。背後の荒廃した大地が、その異様の光景を際立たせる。


「おはよう。随分ずいぶんとぐっすり寝てたみたいね」


「そう……かもしれない」


 空を見ると、崖から日の光が差し込んでいる。硬いところで寝たせいか、背中や関節が多少痛む。しかし、確かにこんなぐっすり寝たのはいつ以来だろう。


「さぁ、行きましょうか」


「あぁ、そうだったな」


 刀を杖代わりにし、関節の痛みの悲鳴を聞きながら立ち上がる。


 不思議と腹が空いたり、トイレに行きたくなったりはしない。そう思うと、やっぱりここはあの世で、自分は死んでいるのだと改めて実感する。



 彼女が慣れた様子で、ギィィィ……と音を立てて鉄格子てつごうしの扉を開く。扉の先は、洞窟で暗いが先には光がところどころ差し込んでいるのが見える。その差し込んでいる光のおかけで洞窟内はうっすらと様子が解かる程度に明るい。彼女の後に続いて、上り坂になっている洞窟内を進んでいく。


 200mぐらい、足場に気をつけて洞窟を進むと出口が見えた。同じように錆びれた鉄格子の扉があり、そこで一度彼女は立ち止まる。腕を伸ばし、出口の先を指差し、こちらを向きもせずに妖精の囁きのように小さな声を放つ。


「ここからよ。ほら、あそこを見て」


 彼女の小さな声は緊張感で震えていた。そして、小刻みに震える指先で彼女が示した先に視線を送る。


 扉の外は神殿から続いているのと同じ石畳の道が続いており、その道に沿って100m先から、半壊している丸太で組まれた木造の家々が続いている。緑はなく、き出しになった乾いた地面と、枯れて葉が一枚も生えていない木々がぽつりぽつりと立っている。さらに先には、遠目にボロボロになった家々が立ち並んでおり、中世の片田舎の村落という表現を想起させる。村の周辺には高さ4~5mはあろう木の柵が村を囲んでいるのも分かる。


 その放棄された村のような景色の中に、確かに動く『なにか』がいた。小学生程度の大きさだろうか。全身が薄暗い緑がかった色をしている。何をするでもなく、ふらふらと家のまわりを歩き回っている。


「……あれが言っていた化け物なのか?」


「そう。……気をつけて。1匹だけじゃないから」


 先日のミノタウロスと対峙した恐怖がよみがえる。腹を貫かれた痛みの記憶が足を震わせる。こっちを見る彼女はそれが解かったのだろう。


「いい? まずは私があいつを倒すから、あなたは後ろからまわりを警戒してて」


「な! だ、大丈夫なのか?」


「1匹だけだったら牛頭うしあたまに比べれば、大した相手ではないから」


 そう言うと彼女は音を立てないように錆びた鉄格子を慎重に開ける。死角になる場所もない。静かにまわりを気にしながら、長い木の棒に金属の穂(刀身)がついたシンプルな槍を、穂先を前方に向け構え、両手でしっかり握りながら進む。その後ろを、おれも刀を身体の前で構えながら周囲に最大限の警戒を払い、彼女のすぐ後ろを足音をたてないようについていく。


 奴が徘徊はいかいしている廃屋はいおくに、じりじりと近づいていく。残り50m程度まで近づいたときだった。別の家の奥から姿を現した化け物がこちらに気づき、「アアアアァ!」と低いうなり声をあげた。それに呼応してもう1匹もこちらに気づき奇声を上げる。


「チッ! まずいわね」


 舌打ちが彼女の焦りを感じさせる。こっそり一番近くの廃屋の化け物を倒すつもりだったからだろう。


 この距離なら解かる。あれはゴブリンだ!


 全身くすんだ緑色の肌をしており、禿げ上がった頭部に、剥き出しの目、象のような2本の湾曲わんきょくした牙が生えている。局部をかくしているだけのボロボロの布をまとい、右手には殴打するための石の手斧を握っている。


 手前のゴブリンが殺意を向けてこちらに走り出す。もう1匹も遅れてこちらに向かってくる。


「ごめん! 後ろのお願い!」


 彼女は最初に走り寄ってくるゴブリンに対し槍を構えながら、石畳の道を外れて、右側に少しずつ移動していく。


 おれも彼女の言葉に頷き、あわてて刀を構える。後ろからくる2匹目と目が合う。まるで狂犬のような目を剥き出しにしている。


 それぞれが1対1で戦う構図になった。


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