§ 1-9 扉の先



 水無月みなづき 愛菜あいな。彼女の目には最初からかげりがなかった。こうやって話をしていても、表情を変えることはなく、冷たい印象を受けるが、目だけは常に何かを訴えかけてくる。


「この扉の先は、すたれた村があるの。そこを進むためにあなたの力を借りたいのよ」


「その村には、何があるんだ?」


「……人に似た、そうね、身長は150cm程だけど、肌は黒ずんだ緑色で、気味悪い牙がき出しになってる化け物が何十匹もいるわ。不格好な石斧を持って、何匹も同時に襲ってくる……」


 彼女は視線を逸らす。声が震えているのが解かる。


「……なるほど。そんな奴らがいるから、他の奴らはここでじっと動かないでいるわけだ」


「そうよ……。この先の村で殺されても、神殿の近くで目覚めるの。夕方には、あの牛頭にも殺される……。この先に行く人はそれなりにいるけど、1度で諦めるのがほとんど」


「水無月さんは、何度この先に行ったの?」


「……3回、挑んだわ……。どうしても、1人じゃ途中で囲まれてしまうの……」


 彼女はどうして自殺をしたのだろう、と思ってしまうほどの行動力がある。彼女の目には意志を感じさせる。自分にはすでに無くなってしまった強い意志を。


「……俺が一緒にいったところで、2人だけでなんとかなるものなの?」


「あなたしかいないの! 何度か他の人にもお願いしたけど、もう心が折れてる……あなたもあそこに居る人たちの様子を見たでしょ!?」


 実際に心が折れて安息を求めたはずなのに、より酷い地獄が続くとなったら心を失っても仕方がない……。屋上から飛び降りたときの蓮であったら同じようになっていただろう。しかし、怒りによって動かされた心が、今でもざわつく。無意識に、父の代わりに母を守ると誓った遠い日の思いの欠片が、蓮の心の奥底で震えだす。


「……わかった。どうせ、ここで殺され続けるだけだし、きみの役に立つなら協力するよ」


「ホント? ありがとう。感謝するわ」


 どうして自殺したの? なんて無神経なことは聞けない。彼女も解かってるから、おれに聞かないんだろう。よっぽどのことがあったのは間違いないのだから。



 夜に進むのは危ないとのことで、明日の朝に出発することになり、扉の近くの壁に寄りかかり寝ることにした。

 夜は不安がないのだろう。彼女も、みんなも、この地獄も、穏やかに時間が流れる。


 自殺してこの地獄に来て、ミノタウロスに殺されて……。まったく現実感がないが、殺されたときの痛みと恐怖は本物だ。死に続けることで生まれ変わるなら、さっさと何度も死んでしまおう……。それまでの時間潰しに彼女を少し手助けするのもいいさ。生きることを諦めた心はそう簡単に変わるものではない。



 久々に心の変化に疲れたのか、蓮は久しぶりにゆっくり眠りについた。


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