第4話 なずな
全ての工程を終えたナズナの元に、スミレが姿を表したのは、カミサマの花嫁をすり替えるという冒涜的な行為に鼓動を打ち鳴らす心臓が、次第に落ち着きを取り戻した時だった。
ナズナは調子の良い軽口を言うものの、内心ではスミレの女王様のような容姿すらも美しく見せてくれる自信に憧れ崇拝していた、とても臆病な少女であった。臆病な彼女に、スミレが下した指示はとても耐えきれないことだろう。
これからスズランが身に纏っていた衣服を着るために、シルクの肌着一枚で生白い肌を露わにしたスミレはナズナを抱き寄せる。
「ありがとう、あなたなら本当にしてくれると思っていたわ。」
「ほんとうに、成功すると思っているの?成功したとして…カミサマに娶られたら、アザミ様に会えなくなるんだよ」
「いいの」
小ぶりな胸に細い体から脂肪を寄せ集め、スズランのサイズに仕立てられた身に合わないビスチェを締め、ドロワーズを身につける。たっぷりのパニエを重ねたワンピースに彩られながら、スミレははっきりと、言葉を遮る。
その声色は、ひやりと冷たく響いて、ナズナは途端に何も言えなくなってしまった。
「アザミ様のそばにいることが目的じゃなくて、もっと、そう、あたしがアザミ様に相応しい…美しい女だって認められたかっただけだって、気づいてしまったんだもの」
「……」
震える手でスミレの身なりを整えてやり、鏡台に向かわせ同じような化粧を施していると、ドアをノックする音が響く。カミサマのお迎えだろう。
ナズナが扉を開くと、世話係の女たちが数人ぞろぞろと姿を表すものの、そこにいるのがスズランではなくスミレだと分かると、「花嫁はどこ?」「探せ!」「カミサマは美しい瞳の少女を所望なのに」と口々に呟き散り散りにスズランを探しに向かってしまった。
一人の女…普段は教師を務めている女が、少女達に許されていない赤い口紅を塗った唇を歪ませ、ヒールを鳴らしながら歩み寄る。
そして、華やかな化粧を施したスミレへと顔を近づけると静かに、押し殺した声で尋ねた。
「花嫁を、どこへ、隠したの?」
「…あたしは隠してなどいません。きっとカミサマに娶られるのが嫌で、どこかに隠れているのではないですか?」
「ナズナ」
抗うことができなかった。緑色の瞳を今にも涙が溢れてしまいそうになるほどに潤ませ、すでに彼女の胸はその重圧に耐えきれなくなっていたのだ。
ナズナの指が、クローゼットを指し示そうとするのをスミレが視線で静止しようとするものの少しだけ遅く、女が指示を下すとすぐにクローゼットの中に拘束された裸の花嫁は見つかってしまった。
ベッドに敷かれた毛布で体を覆われたスズランの瞳は恐怖の色に染まり、綺麗に整えられていたはずの髪はすっかり乱れきっている。
すべての計画が水泡に化してしまったスミレは敵を見るような目で女を見つめ、すでに自分の行いを誤魔化そうとはせず、認めているようであった。
「あたしじゃだめなんですか?スズランだって、ヒナギクだって、美しいわけじゃない。あたしがだめな理由ってなに?」
「カミサマは、美しい瞳の少女が欲しいの。それだけよ。仮に美しい髪の少女が欲しいのだったら、あなたが選ばれていたかもしれなかったわね。」
スミレは、何も言えないようだった。
いっそ、あなたは思い違いをしているのね、と言ってもらえれば諦めることができたのに。
誰も彼女を責めることはなかった。
「…あなたの行いは、カミサマに罰してもらいます。運が良ければ、あなたのことも欲してくれるかもしれないけれど…それは罰を受けてからよ。」
女達はそう決めると、全ての事はスミレの独断だと判断してナズナはその場で部屋へ戻るようにと指示を下し、臆病な彼女はその通りに従った。
もう一度、女達の手により花嫁衣装を身に纏わせられたスズランと共に、手を拘束され、せめてもの温情か美しく豊かなブロンドの髪を童話のプリンセスのように巻き花を飾り、花嫁と同じように華やかな化粧を施されるものの、シルクのナイトドレス姿で痩せぎすな身体を娼婦のように露わにしたスミレは花の咲く庭をくぐり抜け、カミサマの元へと娶られていった。
もちろん、その日以降ふたりが再び皆の前に姿を表すことはない。
ひとり、残されてしまったナズナはその日から、まるでスミレの意思を継ぐように傲慢な言動が目立つようになっていった。
耐えられないと彼女の元を去る少女も多くいたものの、同時にふくよかだった身体が次第に痩せ細っていくのを目の当たりにして心を痛め、誰も彼女を責めようとするものはいなかった。
そして、その年の椿の花が咲く頃、彼女はひとり命を絶った。
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