第3話 すみれ

スミレが、スズランの事を知ったのはその日の夜のことだった。彼女の瞳の美しさは少女達の間でも評判になっていたし、何より人柄の良い彼女の事だ。誰からも恨まれる事なくカミサマに娶られていく事だろう。

ただひとり、彼女を除いては。


彼女は小柄でとくに目立つことのない容姿であったが、とても柔らかでカシミアのような、豊かな長いブロンドの髪が自慢だった。

それこそ、カミサマに娶られるのは自分で…ヒナギクよりも絶世の美女であるアザミに愛されるのは自分だとも思っていた。そう…スミレはとても、自尊心の高い少女であった。他人の顔色を伺ってばかりのスズランをとても疎ましく思っていたものの、皆から好かれ愛されている彼女に敵意を抱いている事を気づかれては、逆に自分が他の少女達から嫌われてしまう。それをひどく恐れ、逆にスズランのそばにいては彼女の良き友人であろうとしていた。

スミレは、激しい少女であると共に、とても狡猾な少女であった。


一方で、同じ友人として彼女のそばにいるナズナの自分に対する好意は気づいていた。

豊満な肉体、そばかすだらけの顔と癖の強い栗色の髪はスミレの気持ちを引くことはできなかったものの、スミレはその好意を心地よく思っていた。愛される事は尊く、それがナズナではなく女神のように美しいアザミだったのなら…と何度も夢見てきた。

なんとかして、スズランの場所に自分が立ちたい。けれども自分が悪者になりたくはない。…時間がない、明日の夜にはスズランはカミサマのもとに旅立つだろう。なんでも利用しなくては。


「スミレ、あなた大丈夫?…スズランのこと…」

小さなノックの後に、か細い声が響く。

そうだ、ナズナがいた。

ナズナはスミレの返事を待つ事もなく、静かにドアを開けると神妙な様子で顔を覗かせる。

彼女を利用すれば、いいのではないか。

「ナズナ…あたし…悲しいの。アザミ様が、スズランのとこに行っちゃう…そんなのやだよ…」

「スミレ」

「あたしは美しくないの…?だから、カミサマはあたしを選んでくれないの…?ナズナは、そんな事言わないでしょう…?」

涙を流し、スミレはナズナを抱き寄せる。ナズナの柔らかな身体が一瞬、官能的に跳ねて恍惚に呼吸が乱れたのに気づく。

「私に、何かできるかな…」

「できるよ…耳を、貸して?おしえてあげる」

スミレの薄い唇が、ナズナの耳に触れる。

小さな吐息が耳をくすぐり、子猫のような甘えた声で囁いた。

「うまくできると誓ってくれるのなら…今夜あたしを、あなたのものにしてもいいよ」


次の日の晩は、雨が降り続いていた。

ナズナはスズランが待つ部屋へと訪れた。

スズランは華やかなジョーゼットの、フリルとレースに彩られた砂糖でコーティングされたケーキのような白いワンピースを身につけ、許されることのないキラキラとした光沢感のある華やかな化粧をし、普段つけているせっけんの香りとは違うチュベローズの香りの香水をまとっていた。

不安で揺らぐ夜明けの空のようなその瞳を、ふいにナズナは美しいと思ってしまった。

カミサマが欲しがるのも不思議ではないと。

「ナズナちゃん」

「スズラン…きれいだね。私たちの中から、カミサマに選ばれる人が出るなんて、なんだかちょっと誇らしいな。」

困ったように眉を下げて、震える言葉でナズナは伝える。細い指が、白いセーラーカラーのワンピースの裾を掴んで握りしめた。じんわりと汗で濡れているのか、丁寧に整えられていたプリーツがしわになってゆがむ。

スズランは、いつもとは違うナズナの様子にすぐに気づき、ワンピースの裾が翻るのも厭わずに駆け寄りその肩を抱いた。

「ナズナちゃん…どうかしたの?なんだか変…」

「スズラン、わたし…」


次の瞬間、スズランはテープで口を塞がれ床へと伏せた。

腕に張り付け隠し持っていたテープでスズランの声を封じたナズナは、華やかなワンピースとアクセサリー…下着も専用にあつらえられている事に気づくと、それすらも慣れない手つきで剥ぎ取っていく。

そして、肉感的な体を露わにしたスズランをテープで拘束し、クローゼットの中へと押し込んでしまった。

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