第200話 変わり変わらず

 指定の時刻にスマホのアラームが鳴る。まだ眠く重い瞼を無理矢理こじ開け、ベッドから降りる。


 「学校か…」


 休みが終わって月曜日がやって来た。

 今まで憂鬱に思っていた月曜日が、今は気の持ちようが変わったのか、幾分か気分が軽くなっている。

 制服に着替え、ゆっくりと下の階に降りていくと、リビングの方から味噌の良い香りがした。


 「今日は和食か」


 誰に言うでも無くそう呟いて、洗面所で顔を洗い、リビングの扉を開けると、テーブルに二人分の朝食を広げ、スマホで何かを見ながら陽葵が待っていた。


 「あ、おはー」


 「はよーっす」


 「早く食べよ」


 「…前から言ってるけど、別に腹減ってるなら待たなくていいって」


 「そういう問題じゃないの。これはあたしなりの毎日の楽しみ方なの」


 「さいですか」


 「いいから早く!」


 「はいはい」


 陽葵に急かされて、急いで正面の席に着く。


 「んじゃ、いただきます」


 「いただきます」


 食事前の挨拶をしっかりと済ませ、最初に味噌汁を啜る。

 うん、相変わらずの安心するお味です。

 ほうっ、と一息吐くと、そこまでを見ていた陽葵も味噌汁を飲む。

 静かな空間に、二人の箸を動かす音だけが鳴る。


 「あ、そうだ」


 陽葵が箸を動かす手を止めたかと思うと、何かを思い出した様に声を上げた。


 「ん?」


 「あたし、今日日直だから早めに出るね」


 「おん、りょーかい…てか、それならやっぱ早めに飯食っとけよ」


 「うるさいよーそこ。今日の晩御飯を無しにされたいの?」


 「んー!陽葵のご飯はおいしいなぁー!」


 「…まったく…」


 悪態をつきながらも、褒められて満更でもなさそうにする陽葵。

 相変わらずちょろいですね〜お姉ちゃ…


 「っ?!あぶなっ?!お前ふざけんなよ!」


 「なんか変な事考えてたでしょ」


 「いえいえそんな、滅相もございません」


 「…」


 ちょろインについて考えていたら、凄まじい速さのボールペンが俺の顔の横を通って行った。

 最近大人しくなったと思ったらこれだよ。俺の反応があと少し遅れていたら穴が空いていたかもしれない。

 まぁでも、落ちているボールペンを見ると、芯の先は出していないみたいだからよかった…いや、よくないけど。


 「それじゃ、あたしはもう行くからね」


 「え?流石に早すぎない?」


 「仕事終わらせてゆっくりしたいの」


 「あーね」


 「鍵閉めよろしくね」


 「はいはーい。いってら」


 俺の言葉を確認して、陽葵はリビングから出て行った。

 時刻は七時ちょっと前。俺もさっさと飯食って行きますかね。

 残りのご飯と味噌汁を掻き込み、歯を磨きながら適当に鏡で寝癖をチェックしてから家を出る。

 今日の天気は可もなく不可もなく、涼しくもなければ暑くもない丁度いい感じの気温だ。

 「学校だるいなぁ」なんて思いながら家の鍵を閉めて、通学路に出ようとした時だった。


 「旭」


 「へ?」


 家を出て数歩、というか家の前から声を掛けられた。


 「朝香?どったの?」


 声の主は朝香だった。

 朝香は俺の反応が気に食わなかったのか、少しムッとした表情でこちらを見つめる。


 「どうしたのって…好きな人と学校に行きたいと思うのは変なわけ?」


 「うぇ?!あ〜…おん、いや、変ではないな」


 急に「好き」とか言うのはやめて欲しい。かわいいし恥ずかしいしで私、爆発しちゃう!


 「てか、昨日のうちに連絡入れてくれれば時間合わせたのに…」


 「私の我儘だから。時間合わせてもらうのは悪いと思って」


 「たかだか数分だろ。別に気にしなくて良いって」


 「そっか…ありがと」


 そう言って朝香は柔らかく笑った。

 あらかわいい。


 「それじゃあ、明日からこの時間に集合にしよ?」


 「え?明日から?」


 「…何?嫌なの…?」


 「いや、そんな事はないけど…」


 「じゃあいいの?」


 「俺はいいけど」


 「けど?」


 「朝香の方は友達とかと登校しなくていいの?」


 明日から毎日一緒に登校できるって事ですよね?こちらとしては願ったり叶ったりの状態で、今すぐにでも狂喜乱舞したいくらい嬉しいのだが、朝香には朝香の交友関係というものがあるだろう。どうなんです?朝香さ〜ん?


 「友達は学校で話せるから大丈夫。だから私は旭と一緒にいたいの」


 「あなたいつからそんな真っ直ぐに伝えるようになったの?」


 なんか今日は妙にストレートに好意を伝えに来ている様な…今までだったら、朝香が遠回しに伝えて来て、誰かがそれを察してあげるっていうのが一連の流れだったはず。

 …何か心境の変化でもあったのだろうか?


 「…言わなきゃ伝わらないって、何度も感じる場面があったから…」


 「あ、あー…なるほど…」


 それはここ最近、俺も感じていた。

 言わなきゃ伝わらない。全てを察する事なんて出来ないし、全てを秘密にする事も出来ない。言葉にするという事は大切な事だ。


 「だから旭」


 「ん?」


 「好きだよ」


 顔を赤くさせながらも、ハッキリと朝香は言った。

 んんっ!がわいいぃ!


 「っ…あのぉ…俺もうキャパオーバーなんですけど…」


 「あ、あれー?旭君、照れちゃったのかな?」


 「顔真っ赤にしながら人の事煽ろうとしてもかわいいだけだからな」


 「う、うるさい!」


 「言わなきゃ伝わらないからね」


 「うぅ〜…もうっ!」


 そう言って朝香は、そっぽを向いてしまった。

 ほんと、感情表現豊かだなこいつ。


 「ほら、俺が悪かったから。そろそろ学校行こうぜ?」


 「…うん」


 納得がいかない表情をしながらも、歩き始めた俺の隣に着いて来てくれる朝香。

 …一年前の俺が今の状況を見たら何て言うだろうか。

 告白して、振られて、ただの幼馴染として振る舞って、すれ違って。

 言わなきゃ伝わらないとは言ったが、言ってしまったら、言葉にしてしまったら、それはもう無かったことには出来ない。


 「あのー…そろそろ機嫌直してくれませんかね?」


 「…じゃあ、今日の放課後、寄り道に付き合って」


 「いいじゃん。行きたいところある?」


 「駅前にジェラート屋さんがあるから、そこはどうかな?」


 「ジェラートか…偶にはいいかもな」


 「それじゃあ、約束ね」


 「はいはい。放課後、朝香の事迎えに行くから教室で待ってて」


 「うん!」


 だからこそ、人は考えるのだろう。言葉を、秘密の抱え方を、態度の表し方を。






 -終わり-

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