第199話 舞う楓の葉

 「トマト、ドレッシング、カット野菜…うし」


 最寄りのスーパーに急足で突入し、メモに書いてある品物をカゴに入れていく。


 「思ったより買う物少なかったし、これなら陽葵を待たせずに済みそうだな」


 陽葵はなぜか知らないけれども、晩飯は可能ならば俺と一緒に食べる事に拘る。

 まぁ、普段家に親がいない分の寂しさを紛らわす為だろうから深くは追求しないでいるが…。


 「遅くなったら遅くなったで物が飛んでくるのは勘弁して頂きたい…」


 最近はクッションとか柔らかい物が飛んでくるだけだから、まだかわいいが…いや、そもそも物を投げるんじゃありません。高校に入りたての時期とかはゲームのコントローラーとかその他etcが飛んできてマジで命の危機を感じていた。

 まぁでも、当たった事はないからその辺はちゃんと狙って外しているんだろうけど、そんなスキルレベルを上げずに物を大切にするスキルレベルを上げて欲しかったが。


 「…旭くん…?」


 「はい?」


 お使いの物は買い終えたため、ついでに適当に家で食べるお菓子でも買って帰ろうかと菓子コーナーへ向かおうとしたところ、聞き覚えのある声が背後から飛んできた。


 「ん?おぉ、楓じゃん」


 「うん、こんばんは」


 後ろを見ると、そこにはなんと楓がいた。

 買い物かごを手に持っているところを見るに、単純に買い物をしに来ただけだろう。てかそれしかないだろ。


 「旭くんは遊園地の帰り?」


 「あれ?俺言ったけ?」


 「ううん、陽葵ちゃんのSNSに写真が上がってたから…旭くんが映ってたよ?」


 「何それ恥ずかしい」


 別に恥ずかしいなんて事はないが、せめて一言くらい言って欲しかったというのが本音だ。今の時代、ネットのマナーは大切よ?別にいいけど。

 

 「楓は…晩飯の買い出しか?結構遅い時間に買い物するんだな」


 「あ、えと、その…」


 俺が楓に質問をし返すと、楓は急に恥ずかしそうにもじもじし始めた。


 「えと…いつもはもっと早い時間に来るんだけど…」


 「けど?」


 「…その…お休みの日だからゆっくり家で本を読んでたら…その…寝ちゃってて…」


 「…………っ………っ…」


 「わ、笑わないで!もう…」


 「い、いや、ごめんごめん!思ったよりかわいい理由だなって…!っ…!」


 「もう…!もう…!」


 そう言って顔を赤くさせながら怒って来る楓。ちなみに全然怖くないです。


 「…はぁ〜!まぁでも、たまには良いんじゃないか?俺だって休みの日にこの時間まで寝てるのなんて珍しい事じゃないし」


 「えと…それは良くないんじゃ…」


 「寧ろ今の時間に起きてるのが珍しいまである」


 「…授業中に寝ちゃだめだよ?」


 なんの事でしょうか。






 「旭くん、時間は大丈夫なの…?」


 「ん?まぁ大丈夫でしょ。そんなに俺の家遠くないし」


 お互い会計を済ませて、スーパーの外に出ると辺りは暗かった為、楓を家まで送り届ける事にした。


 「そういえば、楓とこうして一緒に帰るの久しぶりな気がする」


 「…うん、お互い色々あったからね」


 「あ、あー…うん…」


 そういえば俺と楓って、告白されて振っての関係だったわ。だとしたら今の状況ってあまり宜しくないのでは…?やべぇ、今になって気まずくなってきた…。


 「…ねぇ、旭くん」


 「え、ん?んん?」


 「その…あまり気にされると…私が気まずいというか…」


 「え、あぁごめん…」


 そこで会話は途切れる。

 聞こえて来るのは二人分の足音だけ。

 楓と帰る時は基本静かな時間が多かったが、気まずく感じる事はなく、寧ろ心地いいものだったが、今はそんな事はなく、立ち回りを気にせざるを得なかった。


 「…ねぇ旭くん」


 少しだけ寒気を感じた。


 「旭くんは、私を振った事を後悔してる?」


 夜道に響く、楓の声はいつもより少しだけ低く、冷たい気がした。少し怒気を孕んでいる気がしなくもない。

 これは…怒ってる…?


 「…え、えっと…」


 「…ねぇ旭くん。旭くんは『朝香ちゃんと付き合った事を後悔』してるの?」


 「それは違う」


 「…」


 「…」


 お互い目を逸らそうともせず、無言を貫く。

 今言った事は本心だし、俺は自分の意思で朝香と付き合ってるんだ。そこに後悔の念なんてない。

 だから、目を逸らす事は出来ない。


 「…ふふっ」


 時間にして数秒の後、楓の先ほどの雰囲気は一切を感じられなくなったかと思うと、楓は小さく、それでいて寂しそうに笑った。


 「ほら。ちゃんと自分で考えて行動を起こしたんだもん。私の事を気にする必要なんてないよ」


 「…えっと…?」


 「…でも、ちょっと嬉しかった…かも…」


 「え?」


 そう呟くと、楓は困った様な笑顔を浮かべたが、直ぐに振り払う様に首を振った。


 「旭くん。朝香ちゃんの事、好き?」


 「…あぁ、好きだよ」


 「…そっか」


 俺の返事を聞いた楓は、どこか吹っ切れた様な顔をしていた。


 「それじゃ、この辺で解散しよっか。旭くんも早めに帰った方がいいよ?」


 「あぁ、そうするよ」


 「それじゃ、旭くん。また学校で!」


 「おう」


 お互いに別々の道を歩き始める。

 楓は楓の、俺は俺の道を歩く。

 だってそれは当たり前の事だから。

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