第190話 返事を

 「だって…あたしは…あなたが好きだから…!」


 「……………ふぁ?!」


 公衆の面前で、いきなりそんな事を言われる。

 幸い、声はそこまで大きくなかったため注目を浴びる事はなかったが、予想外のタイミングと話の内容により、俺の脳は一瞬、思考を放棄した。


 「…へ…?そ、それって…」


 「…あたしは…流歌君の事、一人の男の子として好きなの!だからあたしと付き合ってください…!」


 ギュッと瞼を閉じ、両の手を握り締める、俺の好きな人。

 頬は赤く染め、返事はまだかと薄く目を開ける彼女に心臓が高鳴る。


 「…流歌君…?」

 

 「へ…?あ、はい…ごめん、ちょっと情報の整理に時間がかかっちゃって…」


 「そ、そうだよね…いきなりこんな事言われたらびっくりするよね…」


 やってしまった、とでも言うような顔で俯く陽葵。

 …何やってんだよ俺、違うだろ。

 陽葵にそんな顔させたいわけじゃないだろ。


 「陽葵」


 「は、はい…」


 いつもの彼女の様子と違い、少し…いや、かなり緊張した面持ちで顔を上げる。

 告白は俺が先にするつもりだったのに、俺がうじうじして、いつまでも前に進もうとしないから先を越されてしまった。

 けど、それを今更どうこう言ってもやり直せるわけじゃないし、過去に戻れるわけでもない。

 だったら、今は後悔のない様に自分の気持ちを素直に返事として返すのが、俺に残されたできる事だろ。

 俺は一度深呼吸をして、陽葵の目を真っ直ぐに見る。


 「…俺も陽葵が好きです。だから、俺と付き合ってください」


 余計な言葉は使わずに、俺は陽葵に返事をした。

 努めて冷静を保っているが、背中からは変な汗が出てくるし、脈拍は自分でわかるくらいに早くなっているしで、他の事が考えられないくらいに余裕がない。


 「…へ…?」


 そんな俺の返事を聞いた陽葵は、目をぱちくりとさせていて、まるで信じられないとでも言うような顔をしていた。


 「ほ、ほんとに…るか…くんも…あたしが…?」


 「ほんとだって」


 「う、嘘じゃない?!」


 「そんな嘘言ってどうするんだよ…」


 「だ、だって…!」


 あたふたしながら、何かを口に出そうとする陽葵。

 陽葵には悪いけど、そんな姿がおかしくて、少しだけ冷静になれた気がした。

 しばらくすると、ようやく落ち着きを取り戻した陽葵は一つ息を吐き、俺をジトリと睨む。


 「…なんか流歌君、すごく冷静だね。あたしはこんなにドキドキしてるのに」


 「何言ってんだお前。こっちは未だに頭の中パニクっててやばいんだよ」


 「ほんとに…?」


 「ホントホント。気を抜いたら多分俺、気絶する」


 「そ、そっか…」


 実際今も心臓の爆音は治らないし、頭もふわふわとした感覚に陥っている。

 これって俺と陽葵は付き合うって事でいいのか?とか、もう恋人って事でいいのか?とか未だに状況を理解できていないのが現状で、頭の中が疑問とはてなマークで一杯だ。


 「ね、ねぇ…流歌君…これって、あたしたちはもう、付き合うって事でいいのかな…?」


 陽葵も俺と同じ事を思っていたらしく、言いにくそうに俺に確認をしてきた。


 「…うん、それで大丈夫だと思う」


 「……そっ…か…そっか…!」


 陽葵は涙目になりながら何度も頷き、一歩前に出て俺に近づくと、屈託のない笑みを浮かべた。


 「ありがとう…流歌君…!」


 その笑顔は今日一番輝いて見える笑顔だった。


 「それはこっちのセリフだバーカ」


 「ちょ?!なんで今、あたし馬鹿にされたの?!」


 「うるさいバカ、バカ陽葵」


 「なんか流歌君が小学生みたいになっちゃった…」


 正直、こんな事を言うつもりはなかったんだけど、何かを言っていないと落ち着かなかったし、気を抜くとだらしない顔になってしまいそうで、俺は頭に出てきた単語を言うしかなかった。

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