第189話 あたしはあなたの…

 「あの、俺の彼女に何か用ですか?」


 彼はぎこちなく、若干の恥じらいの色を見せながらそう言った。


 「…へっ?!る、流歌君?!」


 あたしは思わず声を上げてしまう。

 人目を憚らず、周りの迷惑を考えずに大声を上げてしまう。

 あたしは今、どんな顔をしているんだろう。

 流歌君を止めようと一歩前へ出ようとしたけど、それは流歌君の腕によって遮られてしまった。

 …守ろうとしてくれてるのかな…?


 「え、っと…?」


 「おい、これアレだろ。俺ら完全に悪者になってるって」


 さっきあたしに話しかけて来た男の人たちも困惑している。

 数秒の後、片方の男の人が流歌君に近づいていく。


 「…まず軽率な行動を取って混乱させてしまい、申し訳ありませんでした」


 「…は、はぁ…?」


 「えっとですね…私たちは一応、ここの従業員でして…あ、ほらコレ、ネームプレートです」


 そう言って男の人は首に掛けてあるネームプレートの様なものを見せてくる。


 「………………………へ?」


 「今、『ここには誰と来るのか』の調査をしているんですよ」


 「え、ちょ、え?」


 「不快な思いをさせてすみません。彼女さんの回答は『彼氏と来た』という事でこちらで処理させていただきます」


 「えっ?!ちょっと?!」


 「へっ?!いやその…!」


 勝手にあたしの回答が彼氏と来た事になってしまって、思わず声を出してしまう。


 「それでは、失礼しました。引き続きお楽しみください…ほら、行くぞ」


 そう言って、二人の男の人はそそくさと向こうへと行ってしまった。

 あたしが流歌君を見ると、流歌君もちょうどあたしの方を見てきたため、目を逸らしてしまう。


 「…」


 「…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


 あたしがなんて話しかけようか迷っていると、不意に大きな溜め息が聞こえてきた。


 「…やばい…死にたい…」


 流歌君は顔を手で覆って、しゃがみ込みながらそう言った。


 「だ、大丈夫…?」


 「…もう殺してくれ…」


 そう言う流歌君の耳は赤くなっていた。

 多分、恥ずかしかったんだろうなぁ。


 「あたしは、嬉しかったよ…?」


 「…いや、慰めはいいって」


 「ホントだよ」


 これは慰めでもなんでもない。あたしの本心だ。


 「怪しい人から守ろうとしてくれたんでしょ?嬉しくないわけないじゃん!」


 「…まぁ、陽葵がそれでいいならいいか」


 「うんうん!ほら、早く旭たちのとこ行こ!」


 あたしがそう言うと、流歌君はゆっくりと腰を上げ、立ち始めた。

 その際に露わになった顔は、まだ少し赤かった。

 流歌君は一度あたしに目を向けると、言いにくそうに反対方向を向いてしまう。


 「…あとごめん、勝手に彼女扱いして」


 「…へ?」


 言われてさっきの事を思い出す。


 『あの、俺の彼女に何か用ですか?』


 嘘だとわかっていても、咄嗟の出任せだとわかっていても。

 それでも、ほんの一瞬でも恋人として扱われた事に動揺を隠せない。


 「その…ほんとに悪いと思ってるよ。勝手に彼女扱いされるとか嫌だろうし…」


 「えっと…だ、大丈夫…だよ…」


 うまく言葉が出ない。

 ただでさえ普通でいるために精神を削っているのに、そこに爆弾を放り込まれてしまって、あたしはもう満身創痍だった。


 「…そっか。んじゃ、戻りますか」


 「ぁ…」


 あたしに背を向けて、来た方向に戻ろうとする流歌君。

 このままでいいんだろうか。

 あたしは、このままここで停滞しているだけでいいんだろうか。


 『でもさ、伝えないで終わるのもさ、なんか嫌じゃない?』


 「っ…」


 不意に、この前旭と話した事を思い出す。


 『…なんていうかさ、無理はしなくて良いんだけど、お前は一応、俺の大切な家族だからさ…後悔はして欲しくない』


 『…後悔?』


 『うん。あの時あーしてれば良かった〜とか、やってれば今頃は…みたいな?』


 『…』


 『…ま、まぁ、決めるのは陽葵だから、ゆっくり考えなよ。結局、最終的には陽葵がどうしたいか、だと思うからさ』


 あたしが、どうしたいか。

 そんなの、最初から決まっていた。

 踏み出すのが怖くて、動かなかっただけだった。

 でも…。


 『でもさ、伝えないで終わるのもさ、なんか嫌じゃない?』


 あたしの想いが、なかった事になるなんて、絶対に嫌だ。


 「ま、まって…!」


 急いで流歌君を引き止めようとして、彼のシャツをグシャリと掴んでしまった。


 「…陽葵?」


 あたしの突然の行動に理解できない、というような顔をする流歌君。

 けど、そんな事に構っている余裕なんてあたしにはない。


 「嫌なんかじゃ、ない」


 「え」


 「流歌君に彼女扱いされて、嫌になるわけない」


 「ちょ、陽葵?」


 「だ、だって…だって…!」


 言え、言っちゃえ。

 これが、あたしがどうしたいかを考えた結果なんだ。

 どうしたいかなんて決まってる。


 「だって…あたしは…あなたが好きだから…!」


 「……………ふぁ?!」


 あたしは、流歌君あなたの恋人になりたい。

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