第187話 見栄と信頼

 「…どゆこと…?」


 頭が再び動き出した時、気がついたら俺は朝香に聞いていた。

 すると朝香は、何やら困ったような顔で笑った。


 「ごめんね、言い方が悪かったかな。うーん…なんて言ったらいいのかな…旭も弱音とか吐くんだなぁって思って、安心した、かな?」


 「あんしん…?」


 「うん」


 安心する要素なんてあるか?

 未だに要領を得ない俺を見ながら、朝香は力強く頷いく。


 「だって旭、全然そういうところ見せないんだもん」


 「…まぁそりゃ、見せたくはないだろ…」


 「私はいつも旭に迷惑かけて、わがまま言って頼ってばかりだけど、旭はそういう事しないから…私って頼りないのかなって…」


 「っ?!いやいやいやいや!そんな事ないって!そうじゃなくて…」


 「わかってる」


 何やら良からぬ事を言い始めた朝香を否定するが、短い言葉で切られてしまった。


 「旭に限ってそんな事はないって、わかってる」


 「なら…」


 「だから辛い事があったら言ってよ…もう黙って見てるだけなんて嫌!」


 語気を強めて言った朝香は、僅かに震えていた。


 「私だって旭を助けたい!でも、助けられるのはいつも私で…旭はいつも一人で抱え込んで…」


 「朝香…」


 「…ねぇ旭。私じゃ頼りない…?」


 そう言って朝香は瞳を潤ませる。


 「いや…だからそういうわけじゃなくて…」


 「…じゃあどう言う事なの…?」


 「そ、それは…」


 別に俺は朝香を信用していないわけじゃないし、頼りないと思っているわけでもない。

 ただ、カッコ悪いところを見せたくなかった。それだけだった。

 でも、そんなしょうもない理由で恋人を悩ませてしまっている。


 「えっと…なんというかですね…」


 「…」


 言えば楽になる。けど、今から言おうとしている事はしょうもなくて、だいぶ子供っぽい理由で言うのは恥ずかしく思ってしまう。


 「ちょ、ちょっと待ってくれない?時間が欲しいというか…」


 俺がそう言うと、朝香は悲しそうな顔をして俯いてしまう。


 「…やっぱり言ってくれないか…」


 「あぁ、いや、そういうわけじゃ…」


 「おーい!」


 俺が全てを言い切る前に、俺たちの空気に似合わない元気な声が聞こえて来た。


 「いや〜飲み物売ってるところが思ったよりも混んでてさ〜」


 そう言いながら小走りで駆け寄ってくるのは陽葵だった。


 「はい!朝香はオレンジジュースね。私はメロンソーダ!」


 「うん、ありがと陽葵」


 「ほら旭、邪魔邪魔!歩き疲れたあたしに席を譲りなさい!」


 「はいはい…」


 朝香は陽葵からオレンジジュースを受け取ると俺の方をチラリと見て、すぐに目を逸らしてしまった。

 …まぁ、どの道今の状態じゃ話す事も難しいだろう。

 そう判断した俺は大人しく陽葵に席を譲って少し離れた。


 「はぁ…」


 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 二人に聞こえないように小さく息を吐く。

 陽葵の介入により今は頭が冷え、酷く冷静だった。

 カッコ悪いところを見せたくなかった。言うのはその一言だけなのに、なぜ言う事ができなかったのか。

 それは多分、幻滅されたくないからだと思う。

 それでも、朝香はきっと幻滅しないだろうと頭ではわかっている。

 けれど、幻滅されない保証なんてない。

 今までそうやって幼馴染の朝香とは接して来た。だから今更残念なところを見せて、幻滅されるのが怖かった。

 今までしなかった事をして、関係が変わってしまう事がどうしようもなく怖い。


 「…お前ら、なんかあったのか?」


 ぐちゃぐちゃな頭の中で思考を巡らせていると、水のペットボトルを見せびらかしながら、小声で高橋が聞いて来た。


 「…まぁ、ちょっとな」


 「ふーん…早く仲直りしろよ」


 「わーってるよ」


 ペットボトルを受け取って蓋を開け、一気に水を流し込む。

 …朝香はきっと、善意で、本気で俺の事を思ってあんな事を言ってくれたのだろう。

 だったらやっぱり、俺がこのままでいるのはだめなんじゃないか?

 変わらないといけないのは、俺なんじゃないか?

 急に立ち上がったせいか、吐き気がぶり返してきた気がした。

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