第175話 ここから始まる良い事
それは放課後の事だった。
授業も終わり、残りは帰るだけとなった俺たち学生は荷物を鞄に詰めて、帰る準備をしていた。
…伊織でも誘って帰るかな…。
せっかく付き合い始めたんだ。一緒にいる時間があってもいいだろうと思い、伊織のクラス、D組に向かおうと教室から出た時に、廊下で生徒とぶつかりそうになった。伊織だった。
そして伊織は俺を認識するとパァッという効果音でもつきそうな顔をして若干興奮気味にこちらに寄ってくる。かわいいかよ。
「旭!今から遊びに行かない?」
「どうした、限定スイーツでも食べに行くのか?」
「うん!一緒に行こ!」
「あぇ?マジで?」
適当に言ってみただけなのに当たるとは思わなかった。「答案用紙に空欄がないように」って先生がテストの終わりに言ってるのはこういう事だったのか。今度から適当に空欄埋めるか。
「…もしかして、予定あった…?」
俺が変な事を考えて返事をしなかったからか、伊織が不安そうにこちらを見上げてきた。
…ったく、いちいちかわいいなオイ!
「あぁ、うん。実は…」
「…そっか…」
「特にないんだよね」
「……」
「や、ごめんて、悪かったって」
ジト目と無言で俺の肩に何度も拳を打ち付けてくる伊織に若干の恐怖を感じながらも、悪かったと素直に謝罪をする。それでも止まる事はなく、寧ろ段々と威力が増していっているような気がするのだが気のせいだろうか。いや、普通に痛い。
「…じゃあ、行けるって事でいい?」
「うんいけるからとりあえず殴るのやめよ?!」
ちょっ、普通に痛え!
「旭が悪いんだからねっ」
「ごめんて」
「…お前ら、何廊下でいちゃついてるんだよ…」
俺と伊織が無駄に会話を広げていると、横から高橋が割り込んできた。
思い出してほしい。ここで伊織と色々繰り広げてはいるが、現在、俺たちは校内に、そして廊下にいる事を。
と、いう事はだ。今の今まで会話を他の生徒にも聞かれていたいうわけで…。
「〜っ?!」
伊織もようやくそれに気付いたのか、持っていた鞄で顔を隠し始めた。いや、それ意味ないから。
「んで、なんの用だよ高橋」
「お前はもうちょっと恥を知れ」
「あれだよ。冷静じゃない奴を見ると冷静になれるってやつ」
「あーね」
実際、高橋に言われて状況を理解したときはめちゃくちゃ恥ずかしかった。
「んで、何の話してたわけ?」
「限定スイーツらしい」
「ほーん…」
「興味ある?」
「いや別に」
「は?限定だぞ?」
「そうゆうのいいから…」
やれやれ、といった感じでため息を吐く高橋にちょっとだけイラッときたが、ここは冷静に後で処す事を心に決める。
「まぁ、楽しんでこいよ。お・ふ・た・り・さん」
「え、キモッ」
「いい感じに締めようとしただけじゃん…」
俺の反応に盛大にため息を吐いた高橋はそれを最後に、自分のクラスに戻っていった。
…あいつ、何しにきたんだ…?
「んじゃ、行くか」
そう言って伊織の方を見ると、伊織は未だに頬を赤くして鞄を抱き締めていた。そして俺を睨んでいた。
why?
「え、何、なんでそんな不機嫌なの?」
「別に…旭はあんな事言われても全然動じないんだなぁって思っただけ」
「あー…」
別に恥ずかしくなかったわけじゃないが、俺の場合、伊織を見て落ち着いてしまっただけなんだよな…。
こういう時、隠すのは逆によろしくないって聞くしな。
そう思い、俺は精一杯の笑顔を浮かべて言い放った。
「めっちゃ恥ずかった!」
「絶対嘘じゃん!」
ありゃダメでした。
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