第174話 興味本位の後悔

 『だからごめん!あの日、無責任な事言って楓を引き留めておいてなんだけど、俺は、やっぱりあいつが好きなんだ…!』


 「…へ…?」


 聞いてはいけないものを聞いてしまった。ただの興味本位でここに来るんじゃなかった、と後悔をした。




 …




 昨日の夜から今日の朝にかけて、なぜかはわからないけれども、家での旭は挙動不審だった。

 いつもの事じゃないか、と言われればそれもそんなんだけど、今回のはいつもとは違う気がする。なんていうか、浮ついているかと思ったら悶絶したり、かと思ったら困惑したり、とにかくよくわからなかった。


 「んじゃ、俺ちょっと早めに出るから」


 「え?あ、うん」


 加えて今朝の早めの登校。

 もう絶対何かある、と思ったあたしは旭にバレないように後ろを着いて行った。

 学校に着くまでは特に不審な動きを見せなかった旭が、校舎に入らずにキョロキョロと辺りを見回し始めた。


 「…何してるんだろ…」


 もはや唯の不審者にしか見えない自分の弟の行動を観察していると、旭はなぜか校舎の中ではなく、裏に入っていった。


 「なんで校舎裏?」


 そんな風に呟きながらゆっくりと旭の尾行を続ける。

 そして旭が向かった先には、なぜか楓ちゃんがいた。


 『…お…よう……』


 『う……。……は…う…』


 距離の関係上、旭と楓ちゃんの会話は全部は聞き取れなかった。校舎裏は意外と開けていて、これ以上近づくと二人なバレてしまう可能性があるからこれ以上、距離を近づける事はできなかった。でも多分、雰囲気と聞こえてきた言葉的に朝の挨拶でもしてたんだと思う。それくらいならわかる距離にいたため近づく必要もなかった。


 「…特に悪い事してるわけじゃなかったのかな」


 何か変な事をしているのかと思ったけれども、見た感じそんな事をしている様には見えなかった。それに楓ちゃんもいるし、旭が楓ちゃんを巻き込んで問題行動を起こすとは思えなかった。


 「教室入ろっか…」


 別に二人の邪魔をする気はないし、内緒話を盗み聞きするつもりもない。それに、そんな事をしたら二人に申し訳ないからしたくない。

 だったらこれ以上、ここにいる意味はない。そういう結論に至ってこの場を離れようとした時だった。


 『だからごめん!あの日、無責任な事言って楓を引き留めておいてなんだけど、俺は、やっぱりあいつが好きなんだ…!』


 この距離でもはっきりと聞こえるくらいの声で旭が言った。


 「…へ…?」


 教室に向かおうとしていた体はその場に固定されてしまった。

 …これってもしかして、告白…現場…?

 いまいち理解が追いついていないあたしを置いて、二人は話を進める。


 『そ……顔し……で?私なら………だか…』


 そう言う楓ちゃんは笑っていたけど、ものすごく寂しそうに見えた。対する旭も罪悪感からか、申し訳なさそうに顔を俯かせていた。

 それでも楓ちゃんは、そんな旭を見ていつも通りに笑って見せた。


 『朝香ちゃんと付き合えたんでしょ?なら喜ばなきゃ!』


 「っ?!」


 これまたハッキリと声が聞こえてきた。

 

 「……やっぱり…そういう事なんだ…」


 これは、『楓ちゃんが告白して旭が振った』という状況なんだ。


 「…っ!」


 これ以上この場にいちゃいけない。

 そう、本能が告げているのか、あたしの体は無意識にこの場を離れ、校舎の中に入っていった。

 靴を履き替え、校内端の人が滅多に使わない階段のそばでしゃがみ込む。

 ここまで歩いてきたはずなのに、どうにも息が苦しかった。早く休みたかった。頭の中を整理したかった。

 そうして五秒ほど深呼吸を繰り返し、さっきの事を思い返す。


 「…そっか…旭と朝香、付き合ったんだ…」


 別に隠すことなんてないのに。なんであたしに教えてくれなかったんだろう。


 「旭め…」


 そんな風に悪態をつきながらも、どこか嬉しく思っている自分がいた。


 『だからごめん!あの日、無責任な事言って楓を引き留めておいてなんだけど、俺は、やっぱりあいつが好きなんだ…!』


 「っ…」


 そして、旭に振られてしまった楓ちゃんの顔を思い出してしまう。

 あの時の無理に作ったような笑顔が頭から離れなかった。


 「…振られるって、あんな感じなんだ…」


 アレが告白、そして失敗。

 あんな事があっても、楓ちゃんは笑顔だった。


 「あたしだったら…」


 あたしだったら、あんな風に振る舞えるだろうか。

 きっと楓ちゃんは旭に気を遣わせないようにしていたんだと思う。

 …あたしは多分、できない。

 強いな…楓ちゃんは。

 そんな風に思っている時だった。


 「…うっ…うぅ…」


 階段の上の方から声が聞こえてきた。

 気持ちにだいぶ整理がついたあたしは、なんとなく気になったから、という理由で階段を静かに上っててみた。


 「うっ……くっ……うぅ………!


 「っ?!」


 階段を上った先のすぐ角で、女の子が泣いていた。

 楓ちゃんだった。


 「ひっ……う……うぅぅ………」


 「…」


 楓ちゃんは強い、なんて楽観視していた数秒前の自分を引っ叩きたくなった。

 あんな事があって、辛くないわけがない。辛いに決まっている。


 「そうだよね…」


 あたしは階段を少し下りたところで座る。


 「これが…告白…」


 あたしがもし、流歌君に告白したら…断られたら…。


 「…っ」


 今日の光景とこれからのことを考えて、怖くなってきてしまった。


 「…いっそ…」


 いっそ、告白なんてしないほうが、お互い幸せに生きていけるんじゃないか。

 そんな事を考えてしまった。

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