第172話 友達でいてくれますか…?

 伊織に告白した翌日の朝。楓には『早めに学校に来てくれ』と事前に連絡をして、現在、まだ生徒が半分も登校していない時間に、校舎裏で楓と対面していた。


 「………と、言うわけなんだ」


 「…そっ…か…」


 楓に告白されてから三日。今日はその返事の期限でもある。

 だから昨日の事、伊織と付き合い始めた事を簡単に省略しながら説明をした。


 「だからごめん!あの日、無責任な事言って楓を引き留めておいてなんだけど、俺は、やっぱりあいつが好きなんだ…!」


 「…うん。言ってくれてありがとね?」


 「っ…」


 寂しそうに笑う楓を見て心が痛んだ。

 そして理解した。これが告白を『断る』事なんだと。

 俺は思わず顔を逸らしてしまった。この後、どんな顔をして何を話せばいいのかわからなかった。


 「…ねぇ、旭くん」


 そう呼ばれてもう一度、楓の顔を見る。すると彼女は気まずそうにするでもなく、悲しそうにするわけでもなく、いつもの笑みを浮かべて俺の目を真っ直ぐに見ていた。


 「そんな顔しないで?私なら大丈夫だから」


 「いや…」


 「朝香ちゃんと付き合えたんでしょ?なら喜ばなきゃ!」


 「…」


 どうしてそんなに普通でいられるのだろう。それとも俺が気にしすぎなだけなのだろうか…?

 …いや、違う。よく見ると楓の手は僅かに震えていた。

 普通でいられるわけがない。普通でいようとしているんだ。


 「そう…だな。悪い、変な雰囲気にしちゃって」


 だったらその気遣いを無駄にする事は許されないはずだ。俺にできる事は楓と同じく、普通でいる事だ。

 本来なら気まずさなんかでギクシャクしてしまう交友関係も、楓のおかげで普段通りでいられる。

 全く…振った女の子にここまで気を遣わせるとかどうかしてるわ。


 「そろそろ戻るか。教室に行けばいい時間だろ」


 「うん、そうだね」


 俺は普段通りに喋れているだろうか。ぎこちない笑顔を浮かべていないだろうか。それでも、たとえできていなかったとしても、今この場はこれで貫き通さなければならない。楓のためにも、俺のためにも。


 「…旭くん…」


 話は終わり、玄関に向かおうとしたが、背後からの楓の声に止められた。


 「どした?」


 「その…」


 さっきとは打って変わって不安そうな表情を見せる楓。いったいどうしたというのだろうか。


 「…これからも、友達でいてくれますか…?」


 「…」


 これは、普段通りでいいのか、普段通りでいさせてくれますか、という俺に対する質問だった。

 本来ならば俺がするべきはずの質問だった。

 俺はどれだけ楓に気を遣わせれば気が済むのだろう。ほんと、いい加減にしてほしい。

 不甲斐ない自分にイライラしながらも、俺は精一杯の『普段通り』で楓を真っ直ぐ見て言う。


 「当たり前だろ?というかいてくれ!寧ろいさせてください!お願いします!!」


 「えっ?!えぇぇぇ?!」


 制服が汚れる事なんか気にせずに、地べたに這いつくばり額を擦り付ける。土下座です。もう俺にはこれしかできない。


 「えと、旭くん!起きて!立って!大丈夫だから!」


 心地の良い春風が吹き付ける校舎裏、同級生の男女が改めて友情を確かめ合っていた…なんて詩的な表現が合わないほど今の状況は混沌としていた。普段通りに、なんて言っても結局はこんな感じになってしまう。

 いや、寧ろこういう状況が、俺たちの『普段通り』なのかもしれない。

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