第170話 理想の告白とは程遠い

 「…すー…はぁー…」


 重苦しい空気の中、目の前の少女は大きく深呼吸をすると、決意に満ちた表情で俺を見た。


 「うん」


 そう力強く、少女、伊織朝香は返事をした。


 「…とうとう来ちゃったんだね…」


 「…あぁ…遅くなった」


 「ううん…でも…」


 目を逸らし、言いにくそうにする伊織は数秒の後、ゆっくりと口を開き、声を振るわせる。


 「…正直、聞くのが怖い…」


 「…」


 そりゃそうだ。

 告白の返事を何ヶ月も待って、返ってくるのがこんな急だなんて酷い話だ。俺だったら精神負荷がかかり過ぎて吐いている。てか吐く。


 「…吐きそう…」


 「旭?!だ、大丈夫?!なんで?!」


 「寿命がきたみたい」


 「まだ生まれて二十年も経ってないよ?!」


 背中を丸めて立ち止まる俺の背中を優しくさすって、本気で心配そうな顔をする伊織。

 その顔は今の俺にとって核爆弾並みの破壊力を持っている。

 

 「ねぇ、ほんとに大丈夫?」


 誰もが歩く通学路。今は人一人いない道。

 側から見れば俺たちは変人に見えるだろう。

 かわいい女子が丸まっている男子の背中を優しくさすっているこの光景…いや、変なの俺だけじゃん。


 「悪い!話を戻そう!」


 「…大丈夫?」


 この「大丈夫?」は、体調を心配されているのか、それとも頭を心配されているのか気になるところではあるが、今はひとまず置いておこう。


 「…なぁ、一応聞いてもいいか…?」


 「えっと…何?」


 「その…伊織ってさ、まだ俺の事、その、す、好き…なのか?」


 「…はぁ」


 俺の質問に、伊織は大きなため息を吐いた。うっ、心がっ!


 「当たり前でしょ?」


 「っ…」


 恥じらいも、躊躇いも見せずに、俺の目を真っ直ぐに見て答えた。


 「優しいところが好き…バカっぽいところが好き…思いやりがあるところが好き…人のために頑張ってるところが好き…好き、大好き」


 言ってて恥ずかしくなったのか、徐々に顔を赤くしていったが、目だけは逸らさなかった。


 「旭としばらく気まずい関係になってから私、寂しくて気が狂いそうだった。私から旭を拒絶したのに、変な話だよね…。でも、だから私は『佐倉旭』が好きなんだって気付けた。気付くのが遅かったし、旭に対して酷い事言ったけど、私はやっぱり旭と一緒にいたい…だから…!」


 「伊織…」


 「私と付き合ってください…!」


 嘘どころか、誇張すらしていないのは見ただけでわかった。伊織の今言った全ての事が本気の言葉なんだって。

 ここまで女の子に言わせておいて、男の俺が何も言わないなんて事が許されて良いはずがない。言え。言うんだ。


 「…俺さ、伊織と喧嘩みたいな事になってからさ、出来るだけ伊織に関わらないようにしてたんだよね」


 「…うん」


 「好きだって気持ちも諦めて、普通の…ただの伊織のクラスメイトとして生きていこうって思ってた」


 「…」


 だからあの日、想いと一緒に写真も思い出も消したんだ。

 それでも…。


 「でもさ、全然捨てきれて無かったんだ。何もかも、中途半端だったんだ」


 何か行動を起こそうとするたびに、どこかで伊織の事を考えていた。なぜなら、結局『想い』を捨てる事ができなかったからだ。


 「だから中途半端にするのはもうやめだ。今からいう事は本気の俺の言葉だ」


 伊織の目を真っ直ぐに見て、自分の中で気合を入れる。

 伊織も俺を真っ直ぐに見る。

 でも、その瞳は不安げに揺れていた。


 「…その先、あまり聞きたくないな…」


 「でも俺は言うよ?」


 「…いじわる…」


 そんな事を言いながらも、伊織の瞳の揺れは次第になくなっていった。

 下校中、道のど真ん中で俺はいったい何を言おうとしているのだろう。別に人はいないから気にする必要はないんだろうけど…なんというか、本来はもっと改まった場所で言うべきなのではないだろうか。


 「俺はさ、伊織」


 「…」


 一度呼吸置いて、再度伊織を見つめ直す。

 覚悟は決まった。結局、俺は誰と一番居たかったのか。迷いに迷った結果、今ならはっきりと答えられる。


 「お前が好きだ」


 「……………………………………ぇ?」


 何を言っているのかわからない、そんな事を思っていそうな伊織を置いて、俺は大きく息を吸い込み、そして吐き出す。


 「俺と付き合ってくれ!!!!!!」


 俺の声は静かな道のど真ん中で、盛大に空気を震わせた。

 高校二年生の春、俺は再度『伊織朝香』に告白をした。

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