第157話 困惑

 「なぁ旭。ちょっとだけいいか?」


 昼休み。久しぶりに購買で何か買おうと向かっていたところ、廊下で高橋に呼び止められた。

 いつもならちょっとだけふざけた返しをしてやるところだが、妙に真剣な顔をしていたため、俺もちょっとだけ真面目に返す。


 「わかった。飯買ってからでもいい?」


 「あぁわかった。玄関で待ってるわ」


 「りょ」


 高橋が玄関の方に向かっていくのを見て、俺も急いで飯を買うために、久しぶりに走って購買に向かった。



 …



 「んで、なんだよ話って」


 俺はそう言いながら自販機で二本買ったお茶を高橋に一本投げ渡す。それを受け取った高橋は短く礼を言うと、一枚のノートの切れ端みたいなものを、俺に渡してきた。


 「なんこれ?お使いメモかなんかか?」


 「いいから中身を見ろって」


 そう急かされて中身を確認すると、一瞬だけ思考が停止してしまった。


 『皇楓に近づくな』


 紙切れには確かにそう書かれていた。

 再び頭が働き始めたところで、腹の底から静かに怒りが込み上げてくるのを感じた。


 「…どういう事だ?」


 自分でもびっくりするくらい低い声が出ていた。ある種、親友だと思っている高橋に向かって出した声が、だ。


 「落ち着け。まず俺が書いたんじゃないし、冗談でもない。今日、学校に来たら下駄箱に入ってたんだよ」


 そう言われて幾分か冷静さを取り戻す事ができた。

 なるほど、だからわざわざ呼び出したのか。確かにこれは人前では話せない内容だわな。


 「この事を知ってるやつはあと誰?」


 「いや、俺とお前だけだよ」


 「そっか…」


 それを聞いて一度安心する。だが…。


 「タチ悪すぎだろ…」


 思わずそう言葉が出てしまう。

 皇楓に近づくな。ハブるような、ある意味いじめを助長させるような文章。

 中学時代、楓がいじめられていた事を知ってか知らないかはわからないが、どちらにせよ傷を抉るようなものだという事に変わりない。

 

 「…心当たりは?」


 「ないな。そもそも、『楓に近づくな』って書いてるけど、席がちょっと近いから話すってだけだぞ?」


 「ふむ…」


 妬み、嫉み、恨み、興味本位…考えられる理由はいくらでも思いつく。

 そもそも、これは高橋に宛てたものなのか?


 「なぁ、楓ってお前以外、他に誰かと話してるか?」


 「うーん…伊織と陽葵くらいしか見てないな。たまに話しかけられてるところは見るけど、基本的に陽葵たちのところに行ってるから他のやつは見ないな」


 「なるほど」


 ならば圧倒的に可能性のある事が一つ出てくる。


 「二年D組の中の誰かの可能性が高いかもな」


 「やっぱりお前もそう思うか?」


 「そりゃそうだろ。二年に上がってからまだ数日しか経ってないんだぞ?そんな中でこんな事するやつなんて限られてるだろ」


 「それはそう」


 「それに、うちの学校の下駄箱って、名前じゃなくて出席番号で割り振られてるだろ?他のクラスの生徒の出席番号とかそもそも覚えてらんないだろ。そんな中で高橋の靴棚にピンポイントで文章を入れたんだ。お前のクラスメイトの可能性は高い」


 「はぁ〜なるほどね〜」


 もちろん、他のクラスメイトの出席番号を確認してから入れた、という説も否定はできない。でも、そんな事しているやつを見たら印象に残って、かえって目立ってしまうだろう。だったらこんな影からコソコソしているのではなく、直接高橋に言った方が早い。


 「筆跡から見て、男子だろうな…」


 さっきの紙切れを思い出しながら俺は呟く。


 「まぁ、だろうな。それと、差出人は『楓の事が好きなやつ』じゃないか?」


 「は?なんで?」


 「いや、楓と話してた俺が邪魔だったのかなって思ってさ」


 「…はぁ〜!なるほどね〜!」


 いじめの延長か何かだと思ってたけど、そっちの方がなんとなくしっくりくる気がする。

 それなら話は早い。と、俺はある実験を思いついた。


 「と、言うことはだ。もし楓の近くに高橋以外の別の男が近づいたら…?」


 「まぁ、標的は俺じゃなく、お前になるだろうな」


 答えは出た。ならば後は行動あるのみ、だ。


 「帰りに楓を誘ってみるか。もしかしたらあっちからアクションがあるかもしれない」


 俺は二年D組じゃないから出席番号はわからないはず。もし楓に近づく男子を気に入らないのであれば、何かしらの行動はしてくるはず。


 「なぁ高橋、お前今日さ、陽葵と帰ってみてくれない?」


 「は?なんで?」


 若干の焦りの感情を顔に浮かべる高橋。

 あれ?こいつと陽葵って仲悪かったっけ?


 「いや、単純にお前に嫌がらせしたいだけなら楓じゃなくても何かしらの嫌がらせがくるんじゃないかって」


 「あ、あぁ…なるほど…」


 何に納得したのか知らないが、ホッとした表情を見せる高橋。なんだこいつ。


 「…何?意識してんの?」


 「し、してねぇよ!」


 「あ、そっすか…」


 あ、そっすか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る