第153話 『好き』の概念

 「ねぇ、旭はどっちが好きなの?」


 楓との買い物から帰ってきて夕飯を終え、食後のデザートとして俺はソーダ味のアイスを、陽葵はバニラアイスを食べていた時、陽葵が神妙な面持ちで急にそんな事を言ってきた。


 「ん〜?どっちかって言うとバニラの方が好きかな」


 「やだ。これはあげないから」


 「知ってる」


 俺は食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に捨てて、さっさと自分の部屋に戻る準備をする。


 「いや、そうじゃなくてね?」


 「何が」


 「バニラとかソーダとかどうでもいいの」


 どうやらアイスの話ではなかったらしい。


 「じゃあ、なんなんだよ。主語を言え、主語を」


 陽葵の顔を見るに、まじめな話っぽいので、俺も真剣に聞く体勢をとる。


 「…楓ちゃんと朝香、どっちが好きなの?」


 「……………………………………………は?」


 あまりにも突然の事に、俺の思考は停止してしまう。

 いったいこいつは何を言っているんだ?


 「…いや、意味わかんないんだけど…」


 「そのままの意味だよ」


 「いやいやいやいや…」


 そのままの意味、と言われてもわからないものはわからない。


 「なにゆえ?そもそもどうして楓?」


 伊織ならわかるが、どうしてそこで楓が出てくるのかがわからない。


 「なんでって、最近仲良いし」


 「仲良いだけでは?」


 「楓ちゃんにだけは、やたらと甘いじゃん」


 「いや、それは…」


 なんとなく甘やかしたくなる子なんだよなぁ…ほんとにそれだけなんだけど。


 「…それに、楓ちゃんと話す時の旭、すごい楽しそうだもん」


 「…」


 確かに楓と話すのは楽しい。雑談したり、揶揄ったりしてきたが、どれも『楽しかった』の一言に尽きる。なにより、気楽に話せるのが大きいのだろう。でも、これが『好き』という感情に直結するのだろうか?


 「ねぇ、この際好きとか好きじゃないとか、どうでもいいや。気になってる?」


 「…うーん…」


 この前、高橋とも似たような会話をした気がする。その時は答えが出ずにそのままお開きとなったが、やはり答えは出すべきなのだろう。


 「…わからん、多分、気にはなってる…と思う」


 「朝香は?」


 「そりゃもう、言わなくてもわかるだろ」


 「あ、それは即答なのね」


 答えはやはり、『気になる子が二人いる』になるのだろう。うん、最低だわ。何言ってるんだろう。

 でも、これが恋愛感情からくるものなのかと聞かれると、そうじゃない、と答えるだろう。そもそも俺自身、よくわかっていないのだ。


 「そもそも、恋愛感情の『好き』ってどんなだっけ?」


 「…」


 「それがわかればマッハで告ってマッハで砕け散るんだけど…」


 「砕け散っちゃダメでしょ」


 いやだって、伊織はともかく楓はどう思ってるのかわからんぞ?


 「そろそろ答え、出した方がいいよ?」


 「わかってるって」


 「よく考える事はいい事だけど、先延ばしにするのはよくないよ」


 「…わかってる…」


 俺はそう言ってリビングを後にして自分の部屋に向かう。

 正論だ。

 実際、俺は伊織の告白の返事を先延ばしにしている。

 でも、わからないんだ。

 昔、伊織に向かっていた『好き』という言葉、感情。これがどんな感じだったのか、覚えていないし思い出せない。

 そもそも、俺はなんで伊織を好きになったんだっけ?かわいいから?気遣いができるから?

 でも、それは楓も同じなのでは…?


 「ぬあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 いつも俺の後頭部を優しく包み込んでくれる枕を顔面に打ち付ける。

 わからん!頭痛ぇ!モヤモヤする!ゴチャゴチャだ!てか顔痛ぇ!


 「やばい…考えろ…考えろ…」


 必死に答えを出そうとするも、焦りと困惑でうまく頭が回らない。

 その日は、考えれば考えるほど、空回りするだけだった。

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