第144話 どうなのか

 「それで、結局こうなるわけか」


 エアホッケーでの対戦は俺の勝ちで終わった。しかし、伊織は運動神経はそこそこいい方だから、結構ギリギリの戦いになっていた。俺も『ゲームをする者』としてのプライドが負けを許さなかったから、若干ムキになっていたところはある。てかムキになってなかったら負けていたまである。

 そんな激戦を繰り広げた後、昼食をとり、いざ伊織の行きたいところへ!と、いう話になっていたのだが。


 「…なんかなかったの?遊園地とか、水族館とかさ」


 「だって!今からじゃ中途半端に終わっちゃうかもしれないでしょ?!」


 「まぁ…そうだな」


 散策。

 結局伊織がやりたい、と言ったのはこれである。

 適当にブラブラして、面白そうな店があれば入ってと、そんな感じでいいらしい。


 「ちなみに帰るという選択肢は?」


 「だめ」


 「あ、はーい」


 やる事ないなら家で陽葵入れてトランプでもいいんじゃないかと思ったけど、どうやらお気に召さないらしい。

 そんな伊織は歩くペースを落とすと、俯きがちに小声で口を開いた。


 「…旭はさ…好きな人とかいるの…?」


 「へ?なんで?」


 急にどうしたのだろうか。


 「だって…私が変な事言ったせいで…その…旭の恋を邪魔してるんじゃないかなって…」


 「あーね…」


 好きな人、か。今、絶賛その事について悩み中なんですよね。

 伊織の問いに対しての答えは「いない」だ。

 しかし、妙に引っかかるのだ。「いない」で済ませてもいいものなのか。本当にいないのか。そんな余計な事が頭の片隅で異様な存在感を放っている。


 「ねぇ…」


 不安か、恐怖か、そんな負の感情が宿った瞳をこちらに向けてくる伊織。そんな伊織になんて返すのが正解なのだろうか。


 「…いないよ」


 「いない…」


 「うん、いない」


 嘘は言っていない。それなのに、どうしてこんなにも罪悪感が湧いてくるのだろう。

 何が引っかかるんだ?それとも何か違うのか?間違っているのか?

 そんな考えが頭に巡るが、一向に答えが出る気配はない。

 …今は考えても無駄か。

 そう思い、俺は伊織の方を見る。


 「…そう…なんだ…」


 …よくよく考えたら、告白してきた伊織の前で「好きな人はいない」って言うの、アレじゃね?

 おい、やべーよ。やべーやつだよ。


 「あー、えっと…だな…」


 「ううん、大丈夫だよ」


 何か言い訳を考えていると、伊織はそれを遮った。


 「私は…チャンスがあるならそれでいい」


 「伊織…」


 「だから気にしなくていいよ」


 そう言った伊織は、曇り一つない笑顔だった。

 そんな伊織を見て、なぜか心が押しつぶされそうになる。

 嘘はついていないのに騙しているような感覚がする。なぜだか申し訳なく思ってしまう。

 俺は…どうしちまったんだ…?

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