第140話 寝たふりはよしなさい

 思ったよりも心配されていて、ちょっとだけ嬉しい気持ちになりながら、一人一人にメッセージを返していたが、一つのアカウントを見て、思わず止まってしまった。


 「おうふ…」


 伊織からのメッセージを見て、変な声が出てしまった。なんかめちゃくちゃ着信が入ってるんだけど。時間帯を見るに、俺が寝ているた昼あたりから、メッセージの返信が来ない事に焦ったのか何度もかけていた。数回通話が繋がらないと、一時間後にまた着信が来ている事から、授業の休憩時間の度に通話を要請していたようだ。


 「あれ…これってまずいのでは…?」


 いくら気づかなかったとはいえ、伊織からのメッセージを全て無視していた事に変わりはない。これはまずい。一刻も早く返信をしないと…!

 そんな事を思っていたら、玄関の方からガチャっと音がして、人が入ってくるのを感じた。陽葵が帰ってきたか。


 「お、お邪魔しまーす…」


 そんな控えめな声が聞こえてきた。それも陽葵の声じゃない。


 「伊織?!」


 なんで伊織が俺の家に?!お見舞いか?嬉しいなぁ…じゃなくて!状況が最悪すぎる!早退したくせにメッセージの返信も碌にせず、元気そうにスマホを弄る姿を見られたらなんて言われるか。

 そんな事を考えている間にも、足音は確実に俺の部屋に近づいてきている。ふぉぉぉぉぉ!


 「…旭…?」


 ガチャっという音と共にそんな声が聞こえてくる。


 「…寝てる…?」


 狸寝入り。ベッドインが間に合ってよかったぜ…。まぁ、こういう時は寝たふりをするに限る。後はそのまま何事もなかったかの様に部屋を出てくれれば…。


 「冷たっ?!」


 「…やっぱり…」


 そう思っていた矢先、首筋に冷たい何かが当てられて思わず声が出てしまった。ん?やっぱり?


 「リビングの暖房とテレビ、つけっぱなしだったよ」


 「oh…」


 バレバレですやん。


 「…てかなんで伊織がここに?」


 「陽葵に旭の事見ててって言われたから」


 「陽葵は?」


 「私に家の鍵渡して買い物に行っちゃった」


 「あーね」


 陽葵さん…伊織さんに迷惑をかけちゃダメでしょ?そんな子に育てた覚えはありませんことよ!

 伊織は一度、ため息を吐き俺を見る。


 「…それで、調子はどうなの?」


 「まぁ、可もなく不可もなくって感じ」


 「何よそれ」


 呆れた様な顔をしてまたため息を吐く。そしてさっきから右手に持っている何かを俺に向かって突き出してきた。


 「…え、何?」


 「アイス、食べる?」


 「さっき首に当ててきたのはこれか」


 「風邪引いた時って食べたくならない?」


 「わかる」


 ほんとそれ。熱上がってるからかわかんないけど、体が冷たいものを欲しているんだよな。アイス、最高!


 「思ったよりも元気そうでよかった…」


 「あぁ、悪いな、心配かけた」


 そう言いながら俺はアイスを袋から開けて齧る。


 「ほんとよ、もう…」


 「悪い悪い」


 「そういえば、なんでメッセージ返してくれなかったの?」


 「…アイスうめぇ」


 「…ちょっと」


 いやぁ〜…それに関しましては、わたくしもなんと申し上げたら良いのかわかりませぬでござりまする。


 「…寝てた…」


 「…は?」


 「いや、寝てたから返信できなかったんだけど…」


 「…そっか、よかった…」


 え?無視してよかったの?もしかして伊織ってMです?


 「へ?よかったの?」


 「よ、よくない!」


 「よくないんかい。ごめんて」


 「ふんっ!」


 なんか慌ててそっぽを向かれてしまった。


 「悪かったって。調子が戻ったら、なんか言う事聞くからさ」


 「今なんでもっていった?」


 「おい、言ってねぇよ」


 おうおうおう?伊織もそう言う事言うようになったのか?誰だ!伊織を汚したのは?!俺が制裁してやる!伊織の近くにいて、悪影響を与えそうなやつ…俺じゃん…。


 「高橋か…」


 「え?」


 いいや、俺じゃない。やつだ。おのれ高橋!オラゆるさねぇぞ!

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