第136話 負け戦なんて誰が決めた?

 オレンジの光が窓から差し込み、普段見る教室とは違った雰囲気を感じる。

 そんな中、ここにいるはずのない人物があたしの方を見ていた。


 「る、流歌君?!」


 「あ、ども」


 あたしが驚いている中、特に気にした様子を見せないで流歌君は返事をした。


 「お前…何してたんだよ。数学のプリント取りに行っただけじゃないのか?」


 「あ、ちょっとついでに掃除を…」


 「あぁ、なるほど」


 「…じゃなくて!」


 あまりにも自然に話す流歌君に、自分も流されてしまいそうになるのをなんとか堪えた。


 「なんでいるの?!帰ったんじゃないの?!」


 「あー、帰ろうとも思ったんだけどな…」


 そう言うと、流歌君は言いにくそうにして、あたしから目を逸らした。


 「…あーあれだ、その、なんとなく…気になる話の切られ方されたからな…」


 「…話?」


 「いや、えぇ…放課後お前、話に来たじゃん」


 「え、うん。それはわかるんだけど…」


 放課後、あたしが流歌君にチョコを渡そうとして、先生に遮られちゃったんだよね。


 「いや、その…なんとなくだけど、ほんとになんとなくなんだけど!」


 「う、うん」


 「なんか、陽葵が焦ってる様にも見えたから…その、もしかして結構大事な話なんじゃないかって思って…」


 「っ?!」


 流歌君に言われて思い返す。たしかにあの時、あたしは焦っていたのかもしれない。それでも、周りは気にした素振りなんか見せなかった。


 「だから早めに聞いておいたほうがいいんじゃないかと…」


 でも、流歌君はそうじゃなかった。

 たった数秒の会話をしただけで、あたしを気にかけてくれていた。

 そう思うと、胸の奥がキュッとなる感覚がした。


 「…そっか」


 「なんでにやけてんの?」


 「に、にやけてない!」


 いけないいけない。顔に出ない様にしないと。


 「…まぁいいや。それで、結局なんの用だったんだ?」


 「そ、それはね…」


 流歌君はここまでしてくれたんだ。今度はちゃんとしないと!

 そう思いながら机の上に置いてある鞄に近づいて、チョコを探す。あったあった。

 チョコを出す前に、一度流歌君を見る。うん、いつも通りだ。

 ちょっと?!今日バレンタインだよ?!君、絶対わかってるよね?!今からあたしがチョコ渡そうとしてるのわかってるよね?!ちょっとくらい意識してくれてもいいんじゃないの?!目の前にいるの女の子だよ?!何か別の生き物と思ってる?!


 「っ…」


 「…どした?」


 そこまで考えて、一つの答えが思い浮かぶ。

 もしかして、あたしは女の子として見られていないのでは?

 その答えが浮かんだ瞬間、心臓が締められる様な苦しさが襲ってきた。


 「陽葵?」


 そりゃそうだ。だって流歌君は葵さんが好きなんだから。あんな素敵な女の人に、あたしが勝てるはずがない。

 そうだよ。あたし一人舞い上がってただけじゃん。あたしが頑張ったところで、葵さんに勝てる事なんてない。


 『俺は応援するぞ?』


 「…」


 『がんばれよ』


 でも、旭は応援してくれたんだよね。姉の恋愛事情なんて笑い話にしてくれればいいのに。

 あたしは鞄の中からチョコを取り出して、後ろに隠す。


 「流歌君!」


 「お、おう」


 旭は笑わないで応援してくれた。だったらあたしがやる事は決まってる。


 「はい!ハッピーバレンタイン!」


 あたしは流歌君の前にチョコを出した。

 流歌君は驚いた様子でチョコを見る。そんなに驚くことでもないんじゃない?


 「…まさかほんとにチョコだったとは…」


 「え?」


 「あぁ、いや、なんでもない!」


 何か小さい声で言っていた気がするけど、よく聞こえなかった。まぁ、なんでもないならなんでもないんだろう。

 流歌君はチョコを受け取ると、あたしと目を合わせた。


 「ありがと!スッゲー嬉しい!」


 満面の笑みでそんな事を言われる。

 きっと義理チョコだと思われてるんだろうな。

 でも、今はそれでいい。


 「ねぇ、流歌君」


 そのチョコが義理チョコだと思われていたとしても。


 「ん?」


 流歌君にとっての一番が葵さんだとしても。


 「…それ、義理チョコだと思う?」


 「………………………………………………へっ?!」


 今はいい。


 「ふふっ…なんでもない!」


 そう、『今』は。


 「じゃ、あたし帰るね!」


 「…」


 だって、『負け』って決まったわけじゃないから。


 「また明日ね!」


 「お、おう…また明日…」


 「じゃあね!」


 そう言って、あたしは流歌君を置いて教室を出た。

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