第135話 素直さも考えもの

 「あー…あれかー…」


 三島先生に頼まれた数学のプリントを無事に見つけることができた。できたんだけど…。


 「絶妙にあたしが届かない位置にあるのなんなの…」


 先生、棚に入ってるって言ってたよね?棚の上にあるんだけど?ご丁寧に『数学』って書いてファイルでまとめてありますね。


 「…んしょっ…!」


 背伸びをしたら指にファイルが当たった。

 あ、これいけるかも。


 「うりゃ!落ちてこい!」


 指でちょっとずつ引っ掛けながら引き抜こうとする。確かにちょっとずつではあるけど前に出てきているみたい。でもこの体勢、ちょっと背中痛い。


 「ふいっ!あっ、やった!…え?」


 プリントの入ったファイルは棚の上から落下した。そこまでは良かったのだが、そのファイルは下の棚にあるファイルに当たって、そのファイルの中のプリントをばらまいてしまった。


 「ちょっ?!」


 教材室の中に、そんな間抜けな声が響き渡る。

 バラバラに散っているなんのプリントかわからないプリントの上に、無事な姿の数学のファイルが佇んでいるのが、かえってムカついてきた。


 「んも〜!なんなのよ!」


 急いで散らばったプリントを回収しようとするが、思っているよりも枚数が多くて、少し時間がかかりそうだった。


 「…たしか補習で使うんだよね…」


 いたって無事な数学のファイルを見て、そう呟く。

 しょうがない。一回数学のファイルだけでも先生に渡してこよう。


 「はぁ…」


 あたし、何やってるんだろう…。




 「はい、これですよね?」


 「ん…そうそう、すまないな」


 渡したファイルの中身を確認して、三島先生はそう言った。


 「それじゃあ、私は行きますね」


 まだ教材室の中が散らかったままだからね。


 「ああ、佐倉姉」


 「はい?」


 職員室を出ようとしたところで、先生はあたしを呼び止めた。


 「…お前今日、本当は高橋に用事があったりするか?」


 「へ?!」


 なんでそんな事を聞くんだろう。


 「いやな、今日ってバレンタインだろ?だから高橋と話してたのかなと…もしそうだったら申し訳ない事をしたな…」


 「い、いえ!別に大丈夫ですよ!」


 本当に申し訳なさそうにする先生。

 でも、今回に関しては誰も悪くないと思う。先生は知らなかっただけだし、あたしは断ることもできたのに断らなかった。強いて言うなら悪いのはあたしの方だ。


 「…まぁ、今日は助かった。ありがとう。それと本当にすまなかったな」


 「あはは…それじゃあ、私は帰りますね」


 「気をつけてな」


 「はーい」


 そう軽く返事をして職員室を出て、教材室の方に向かう。


 「まぁ…まだ帰れないんだけどね…」


 自嘲気味に静かに呟く。

 これから教材室の片付けをしなければならない。そう思うと足が重く感じる。

 教材室の前に着き、扉を開けると、そこにはさっきみたプリントだらけの部屋が視界に入った。


 「さぁ!やりますか!」


 幸い、家事とか掃除とかは昔からやってたから苦手ではない。それに今回はプリントを片付けるだけだ。

 さっさと終わらせて帰って、今日は旭に甘えよう。そうしよう。




 「ありゃりゃ…」


 窓から外を見ると、空がオレンジ色になっていた。

 プリントの片付けはとっくに終わっていたから、そのまま帰れば良かったものを、視界に映ったゴチャゴチャの棚を見て、整理したくなってたしまったのだ。おかげで外はこんな感じ。部活をやっている人以外はもうとっくに家に帰っている時間だ。学校の中もだいぶ静かになっているのに気づいて、心なしか気温が下がった感じがした。


 「…帰ろ…」


 そう呟いて教材室を出て、廊下を歩く。

 おかしいな…今日は流歌君にチョコを渡して気分良く家に帰るはずだったんだけどな…。


 「っ…」


 やっぱり無理だ。あたしには、こんな女の子っぽい事は似合わない。慣れない事をするからこんな思いをするんだ。

 帰ろう。帰って旭を弄り倒そう。

 そんな事を思いながら教室の扉を開ける。


 「お?お帰り〜」


 教室の扉を開けると、そんな間の抜けた声があたしにかけられた。


 「………………へ?」


 その声に、あたしは間抜けな返事をしてしまった。

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