第132話 陽葵のチョコっとだけの空間

 「よしっ…!」


 二月十三日、バレンタイン前夜。

 目の前に並べられたチョコたちを見て、ある種の幸福感を得ていた。


 「これは…朝香で…こらが楓ちゃんと美波ちゃんで…これが旭で…」


 目の前のチョコを渡す人毎にわけてラッピングを始める。

 ラッピングと言っても、小袋に入れて軽くリボンで縛るだけなんだけどね。


 「…これが…流歌君の分…」


 呟きながら袋を持ち上げて眺める。内容はみんなのチョコとほとんど同じだけど、どうせあげるなら、と思い、特別に余った材料でアイシングクッキーを数枚入れておいた。


 「…喜んで、くれるかな…」


 そこまで言って、あたしははっとした。

 …あたしってこんなキャラだっけ…?


 「恥っず〜…!」


 自分の顔が熱くなっていくのがわかる。


 「もういい!寝る寝る!」


 包装したチョコを適当に冷蔵庫に入れて寝る準備を始める。

 とりあえず顔の熱を冷ますために水だけ飲んでベッドに入ろう。そうしよう。


 「…ふぅ…」


 なんだか知らないけど、今日はよく眠れそうだな。




 「じゃ!鍵ちゃんと閉めてね!」


 翌朝、旭に毎年恒例のチョコをあげていつもより早めに家を出る。

 なんだか今日は体が軽く感じる。昨日思った通り、夜はよく眠れたみたい。


 「おはよ、陽葵」


 「ん?」


 家を出ると、聞き慣れた声があたしを呼んだ。


 「おや?朝香じゃん!」


 家を出てすぐのところに、あたしの親友で幼馴染の朝香がいた。あたしの事待ってたのかな?


 「あれ?でも今日は早めに家出るってメッセージしたよね?」


 「あ、うん、そうなんだけど…」


 そう言うと、朝香は何やら言いにくそうにして目を逸らす。


 「あっ、もしかして旭?」


 「へ?!」


 図星だったのか、動揺を隠しきれていない朝香。

 んも〜かわいいなぁ〜。


 「そっかそっか〜バレンタインだもんね〜!」


 「うっ…」


 「旭のためにこんな朝早く…なんて健気なの…!」


 そんな朝香の行動に感動してしまう。

 あーあ、あたしが男の子だったら速攻で朝香の事もらってたのになぁ…。


 「…ばか陽葵…」


 「あはは、ごめんごめん」


 「謝る気ないでしょ?」


 「おや?なんの事かな?」


 ジト目で見られてしまう。

 もちろん謝る気なんてない。だってこんなにかわいいんだもの!


 「じゃ、あたし行くね。邪魔しちゃ悪いから」


 「あ、待って」


 二人の邪魔をしないように、学校に向かおうとしたけど止められてしまった。


 「ん?どしたの?」


 「はい、バレンタイン」


 そう言って朝香は、かわいらしいチョコが入った小袋を渡してくる。


 「…その、これからも…よろしくね…?」


 「ん〜!朝香ぁ〜!」


 「ちょ、ちょっと?!」


 感激のあまり、あたしは朝香に飛びついてしまった。

 ほんと、なんで旭の事好きなんだろ。今からでも遅くないよ。あたしに乗り換えてもいいんだよ?


 「あ、そうだ。あたしもあげるね!」


 そう言って鞄から昨日用意したチョコを取り出して、朝香に渡す。


 「ハッピーバレンタイン!」


 「はぁ…ありがと」


 若干呆れながらも朝香は受け取ってくれた。

 これであたしがここにいる理由はなくなった。


 「それじゃ、今度こそいくね」


 「うん、また後でね」


 「うん!朝香も頑張ってね〜!」


 「う…うん…」


 顔を赤くしながらも、決意に満ちた目をして返事をする朝香。

 ほんと、朝からいいもの見させてもらったよ。

 そんな事を思いながら、あたしは学校に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る