第131話 罵倒もチョコもどちらも甘い

 「…えと…その…へ…こ、これ…」


 硬直が解けるのが早かったのは、意外にも楓の方だった。それでも、頭の中は整理が追いついていないのか、うまく言葉が出ていなかった。


 「…ご、ごめんね…」


 「へ?」


 なぜか知らないが謝られてしまった。


 「渡そうと思ってたもの…渡せなくなっちゃったっ…」


 そう、震えた声で呟いた。


 「こ、この事はなかった事にしてくれないかな?ごめんね?ちゃんとしたもの渡したかったんだけど…」


 泣きそうになりながらも、必死に笑顔を作っているのがわかった。でも、その笑顔も長くは保たなかった。


 「…ちゃんと…渡したかったのに…!」


 「…!」


 悔しそうに、地面に落ちたチョコを見つめる楓を前にして、俺にも悔しい感情が湧き出てきた。

 ちゃんと見てたらキャッチできたんじゃないのか?黙ってぼーっと待ってたからこんな事になったんじゃないのか?そんな今更のたらればと、何もできなかった自分に今度は怒りの感情が湧いて出てくる。

 それでも、今回の出来事に悪はない。

 あえて悪いと言うならば、運が悪かった、そう言うしかないのだ。


 「ごめんね…!」


 「っ…」


 泣きそうな楓を見て、俺の中で何かが吹っ切れた様な気がした。


 「…これ、俺にくれる予定…だったんだよな?」


 「…うん、その…バレン…タインだから…いつもお世話になってる旭くんにあげようと思って…」


 「そっか…ありがとな」


 そう言って俺は地面のチョコを全て拾い、一つ口に放り投げた。お、うめぇ。


 「…え…?っ?!な、何してるの?!」


 俺にくれる予定だった、と確認を取ったからこれは盗みではない。


 「いや何って…もらったチョコを食べてるだけよ?」


 「落ちちゃったやつだよ?!」


 「問題なーし!」


 若干の砂の食感はあるが、普通にうまいチョコだ。問題ない。


 「な、なんか変な音なってるよ?!チョコ食べてる音じゃないよ?!だ、ダメだよ汚いから!お腹に悪いよ!」


 「すっげーうまいから大丈夫でしょ」


 「…お、おいしい…?あっ、じゃなくて!」


 やっぱり楓は優しい子だ。

 明らかに楓には余裕がないのに、俺の事を心配してくれている。そんな子がくれたチョコだぞ?まずくても食うわ。



 「っ…だ、ダメだから!もう食べちゃダメだよ?!残りのチョコは捨てるから渡して!」


 「答えはNO!」


 そう言って、俺は残りのチョコも口に投げ込んだ。


 「旭くん?!」


 柔らかい食感と砂の感触が甘さと共に口いっぱいに広がっていく。

 やっぱり生チョコだ。うんめぇ〜!こりゃ何個でもいけるわ。


 「このチョコ、楓が作ったの?」


 「え…?う、うん」


 「すげーな。めっちゃうまかったよ」


 心からの素直な感想だ。こんなにうまいチョコを自分で作れるって、やっぱ楓はすげぇよ。

 しかし、そんな楓は俯いてしまった。


 「楓?」


 「…バカ…旭くんのバカ…」


 「うぇぇ?」


 楓ちゃんの口が悪くなってしまった。

 楓が「バカ」とか言うのって珍しいな。あ…何かに目覚めちゃいそう…。


 「何で食べちゃったの…」


 「もらったから」


 「落ちてたんだよ?」


 「俺はもらったものは大切にする主義なので」


 「っ…」


 実際、俺は人からもらったものは使うし飾るし、壊れても直せそうなら自力で直す。使わないなら机の引き出しに突っ込んでおく。


 「…ありがとう」


 「いや、お礼を言うのは俺の方だと思うんだけど」


 「…旭くんのバカ…」


 「えぇ…」


 なんかよくわからないけど、ジト目で罵倒されてしまった。

 う〜ん!もっとください!

 …俺はもう手遅れなのかもしれない…。


 「…そういう事するから好きになっちゃうんだよ…?」


 「…え?」


 「な、なんでもない!」


 ボソッと呟いた言葉を聞き返そうとしたが、はぐらかされてしまった。


 「ほら、帰ろ?旭くん」


 「…おう」


 すっかり調子を取り戻したようで、いつも通りの楓がそこにはいた。


 「…」


 「旭くん?」


 「あぁ、いや、行くか」


 「うん」


 とりあえず、楓を家に送り届けるために、俺たちは再び歩みを進める。


 『…そういう事するから好きになっちゃうんだよ…?』


 俺は、ラノベの難聴系主人公なんかじゃない。さっきの楓の呟きはバッチリ聞こえていた。

 …あれか、俺の軽いおふざけを真似したのか。たまに俺、やるもんな。うん。

 まぁ、普通に考えればそうだよな…そう、だよな…?

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