第130話、この日の放課後といえば?

 「楓?」


 「…」


 「おーい楓さーん」


 「…」


 「カエデ?ハロー?」


 「…」


 放課後、と言ってもそこそこ時間が経った後の放課後。部活のない一般生徒はすでに帰っている時間のはず。

 それでも楓は、なぜかまだ学校に残っていて、そして俺の呼びかけにも反応する事なく、下を向いたまま俺の制服を掴んで固まっている。

 …なにこれ、どういう状況?


 「アイムファイン。ハウアーユー?」


 「…」


 「ヘイヘーイ?」


 「…旭くん…」


 「あ、はい」


 ようやく反応をした楓は、一人盛り上がっていた俺とは逆に、控えめな返事をした。なんか色々とスルーされたけど、特に体調が悪いとかはなさそうでよかった。俺のライフは削れたけどね。


 「…えと…その…ね…あの…」


 そこまで言って、楓は一度俺と目を合わせるが、すぐに逸らしてしまった。


 「あぅ…」


 えぇ…かわいい…なんかすっごい恥ずかしそうにしてるんですけど。

 でも俺に用があるのは確かなんだよな。

 放課後にこの時間まで待っていて、恥ずかしそうにしている状況…今日の日付は…バレンタインか…?チョコくれるのか?チョコなのか?!


 「えっと…楓?その…」


 「チョコくれるのか?」そう言いかけて思考する。

 それ、明らかにやばいやつだよな…。

 チョコをくれるか確定しているわけでもないのに「チョコくれるの?」とか聞いたら「は?なんやこいつ?」ってなるよな。というかそんな事したら、チョコが欲しい痛いヤツ、になってしまうのでは?

 でもこのままじゃ話進まなそうだし…だからと言って知らないふりして帰るのもダメだろうし…あれ?俺詰んでね?


 「…あ、旭くん…?」


 俺が何か言いかけたのが不安だったのか、落ち着かない様子で俺を呼ぶ楓。


 「…とりあえず歩きながら話そうか」


 「あ…う、うん…」


 いい言い訳が思いつかなかったので、とりあえず歩くことにしました。




 何気に何度も楓と通った道を、今回も二人並んで歩いていた。

 高校に入ってから一緒に下校した回数が一番多いのは楓だと思う。

 中学までは伊織と陽葵がダントツで多かったけれど、高校に入ってからは別々に帰ることが多くなった。

 まぁ、それでもたまに一緒に帰るくらいはするのだが、俺が生徒会に呼ばれたり先生に呼ばれたりする事が多かったから、なかなか時間が合わなく、一緒に帰る事は少なくなった。あれ?俺が悪いんじゃね?


 「…春ですな〜…」


 「…う、うん…」


 嘘です。全然春じゃないです。寒いから普通に冬です。

 さっきから妙に気まずい空気が漂ってるから、何か喋らなければいけないと思って適当に言っただけなんです。でもそれに楓ちゃんが肯定しちゃったんですすみません!

 というかこのままだと、楓の家に着いちゃうんだけど。


 「…そう言えば楓」


 「…は、はい…!」


 「なんでこんな時間まで学校にいたの?」


 「…!そ、それは…あ、旭くん!」


 「は、はい!」


 なにやら決心したような目つきで俺を見てくる楓。


 「わ、渡したいものがあって!えと…その…!」


 そう言って楓は鞄の中をガサゴソと漁り始めた…が。


 「あ、あれ…?ない…?な、なんで…!」


 目当てのものが見つからないのか、楓の感情は緊張から段々と焦りに変わってきていた。


 「か、楓?」


 「ま、待って!あるはずだから…なんでぇ…!」


 焦りまくった楓は鞄の中身を片っ端から出し始めた。と言っても、楓が持っている鞄はそこまで大きくないため、水筒やら弁当箱、教科書などしか入っていないのだが。

 たまにあるよな。鞄に入れたはずのものが見つからない、ってやつ。でもそれって別のものとかに引っ掛かってて、それを引き抜くと一緒に出てきたりするんだよな。


 「…あっ!」


 「へ?」


 あっ、と言う声と共に、楓の鞄から筆箱と一緒に小さな袋が飛び出してきた。そしてその袋は地面へと落下し、袋の閉じ方が甘かったのか、グジャッという音と共に中身が飛び出した。


 「ぁ…」


 「あ…」


 生チョコ?のようなものが地面へと転がってしまい、俺たちは二人とも固まってしまう。


 「…」


 「…」


 どうすんのこの空気…。

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