第129話 鋭い鈍いやつ

 「…ごめんね…」


 「別にいいっすよ」


 目元を袖で拭いながら謝ってくる雨宮先輩。

 先輩が泣いていた時間は、そんなに長くはなかった。だから気にしていないし、気にしないで欲しい。


 「佐倉君って、意外と鋭い?」


 「先輩がわかりやすいだけでは?」


 「…私、これでも今までバレずにやってきたんだけどなぁ…」


 「意外とみんな、わかってたりするかもしれませんよ?」


 「うそ…?だとしたらすっごい恥ずかしいんだけど?!」


 そう言って若干顔を赤らめる先輩を見て、俺は少しだけほっとした。

 とりあえず元気になってよかったかな。


 「それじゃ、帰りますか」


 「うん、そうだね」


 窓から外を見ると、時間はそんなに経っていないはずだが、薄暗くなってきていた。


 「チョコ、ありがとうございました」


 「あっ、そのチョコなんだけど」


 「ん?」


 雨宮先輩は、制服のポケットからさっきの板チョコを出すと、俺に一歩近づいた。


 「そっちじゃなくてさ、こっちをもらってくれない?」


 「いや、同じじゃないですか」


 どこからどう見ても、全く同じパッケージの板チョコだ。


 「そういう問題じゃなくて…その、気持ち的な…ね?」


 「あー…」


 なるほど、そう言う事か。

 先輩は多分、会長への想いを今、この場で捨てようとしているのだろう。

 もともと会長に渡すはずだった板チョコ。俺がもらったものと基本同じのはずだ。でも、チョコに込めた想いは違ったはずだ。

 だから先輩は俺にその板チョコを渡すことによって、先輩なりにケジメをつけようとしているのだろう。


 「両方とももらうのは?」


 「欲張りは嫌われるよ?」


 「うへぇ…」


 さすがにダメらしい。

 もらえるものはもらいたいお年頃なのよ。


 「わかりました。じゃあ、これは返しますね」


 「ありがとね。じゃあ、はい、受け取ってください!」


 側から見れば、なんの意味もない物々交換に見えるだろうか。それともただのバカップルに見えるだろうか。

 同じ味の同じパッケージの板チョコを交換しあっていると言う不思議な光景。これは、重要なのは見た目ではなく、気持ちの問題だ。


 「やったー本命チョコだー」


 「どうせ言うなら、もうちょっとやる気出そうよ…」


 そう言って静かに笑う雨宮先輩。

 …ほんとにかわいいよなこの人。黙っていればだけど。


 「そのチョコ、私の気持ちが入ってるから…重いよ?」


 「わかってますって。ちゃんとおいしくいただきますから」


 もちろん、板チョコの重さはさっきもらった板チョコと全然変わらない。

 まったく…そんな言い方をしなくても何が言いたいのかわかってますから。


 「…鋭い、って言うのは勘違いみたいだね」


 「ん?どういう事ですか?」


 「なんでもないよ〜だ」


 そう言いながらクスクスと笑う雨宮先輩からは、もうさっきの落ち込んだ気配は感じられなかった。




 雨宮先輩と別れて、薄暗い廊下を一人歩く。

 授業が終わってからそこそこ話し込んでいたらしく、窓から外を見ると、街灯が光を放ち始めていた。


 「まだ五時前なんだけどなぁ…」


 冬というのは、日が落ちるのが早い。

 だから必然的に帰る時間も早くなるはずなのだが…俺はそうでもないらしい。

 玄関に着いて、下駄箱から靴を出して履き替え、外に出る。

 校舎の中との温度の差に体がびっくりし、一瞬筋肉が縮まったのがわかる。


 「寒っ」


 春まではまだまだ長い。こんな寒空の下に生徒を歩かせるなんて、学校も酷い事をするものだ。

 そんな事を考えながら歩いていると、校門を出たところで、不意に横からぐいっと制服を引っ張られた。


 「うぇっ?!」


 突然の事だったため、バランスが取れずに、そのまま引っ張られた方向に体が移動する。

 しかし、すぐに何かに体が支えられて、俺が倒れる事はなかった。


 「なに?なに?!」


 一瞬、頭がパニック状態になったがすぐに落ち着き、俺は引っ張られた方に目を向ける。


 「え?楓?」


 「…」


 そこには、俯いたまま俺の制服を離さない楓がいた。

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