第128話 キモさは正義

 人気のない空間とは不思議なもので、普段は気づかない様なものまで見えたり聞こえたりしてくる。

 俺と対峙している彼女は明らかに動揺していた。


 「先輩、キャラが多すぎなんですよ」


 「…キャラ?」


 いまいち理解できないという様な顔で聞き返してくる雨宮先輩。


 「そ、キャラ」


 「どういう事?」


 「みんなと俺に対する態度が全然違うんですよね」


 「そ、それは…」


 「『後輩だから』と言われれば終わりなんですけどね。でも、それだけじゃない。先輩、無理にテンション上げて接してません?」


 「そんな事ないから!」


 雨宮先輩は否定し続ける。

 まぁ、完全に俺がそう感じただけで、確証なんてないんだけどね。


 「先輩って、嘘つく時、一瞬声が掠れますよね」


 「っ?!」


 はい確定。その反応はもう、正解だって言ってるようなもんだよ先輩。

 もちろん声が掠れてる、なんて嘘だ。ただ適当にそれっぽい事を言っただけ。やっぱりちょっと残念な人だ。

 でも、その嘘にここまでの反応をしたんだ。もう逃げられないだろ。

 そしてそんな反応をした先輩は俺の顔を見て、おそらく自分が示した反応がどんなものだったのかを察したのだろう、どこか諦めた様な表情をしてため息を吐いた。


 「…佐倉君、たまに気持ち悪いくらい察しがいいよね」


 「き、気持ち悪いっすか?」


 「うん」


 「うへぇ…」


 あれ?おかしいな。なんで俺がダメージ受けてるんだろう。


 「…忘れたと思ってた…吹っ切れたと思ってた…でも、やっぱりそんな事はなかった…」


 「…」


 「意味ないってわかってるのに…!私じゃダメだってわかってるのに…!」


 そこまで言うと、雨宮先輩の目に涙が溜まっていくのがわかった。


 「諦めたよ!ちゃんと無理だって理解して諦めたよ!でも!…それでも、会ったり話したりするだけで…嬉しくなっちゃって…胸が…苦しくて…ないってわかってるのに期待しちゃって…」


 「…やっぱ強いですよ、先輩は」


 「…そんな事…」


 震える声で弱々しく呟く先輩に、俺は一歩近づく。


 「そんな事ありますよ。あの二人に不自然に思われないように振る舞うって、相当大変な事だと思いますよ」


 「…やめて…それ以上言われると、絶対泣いちゃうから…」


 そう言いながら自分の腕で目元を隠しながら後ずさる雨宮先輩。


 「泣けばいいじゃないですか。どっちにしろ、もう我慢は無理でしょ?」


 「…っ」


 「今まで強いまま頑張ったんですから。一回くらい弱くなってもいいでしょうよ」


 幸い、ここは人気がない場所だ。放課後だし、泣いたって多少は大丈夫だろう。


 「…うぅ…っく…ああ…ああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!」


 しゃがみ込んだ雨宮先輩はもう限界らしく、ボロボロと涙を零し、言葉を溢した。


 「辛かった…!でも、私の我儘のせいで、雰囲気悪くなったりしたらっ…嫌で…!でも!辛くて!」


 「はい」


 「頑張ったんだよ?!」


 「わかってますって」


 失恋して、好きだったやつに普通に接する辛さを、俺は少しはわかっているつもりだ。

 俺の場合は伊織だが、伊織には付き合っている相手はいなかった。

 でも、会長にはいた。

 好きだったやつに付き合っているやつがいて、それでも普通に接しなければならない…考えただけで胸が痛くなってくる。


 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんぁぁ!!!!!」


 雨宮先輩からは、それ以上の言葉は出てこなかった。

 だから俺は、労いの意味を込めて、雨宮先輩の頭を優しく撫でてやった。

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