第127話 雨色の仮面

 「こんにちは、佐倉君」


 放課後。

 あれから授業も問題なく進み、気がついたら放課後になっていた。

 みんなが帰る中、俺も鞄にものを詰め込み、さっさと帰ろうとしたところでスマホがブルブルと震え、俺の足は止まった。


 音羽 「生徒会の事でお手伝いして欲しいことがあります」


 そんなメッセージを雨宮先輩から受けて、現在俺は校舎内の端っこの、人通りの少ない階段近くに呼び出されていた。


 「雨宮先輩って、もう生徒会のメンバーじゃないですよね?俺、手伝うことあります?」


 「気にしたら負けだよ?」


 「おい」


 素直に呼び出しを受けて気づいたが、この人はもう生徒会のメンバーではないし、三年は今の時期、学校に来なくてもいいはずだ。


 「なんで学校にいるんですか?」


 「それ、学生に向かって言う言葉?」


 確かに学生に向かって言うような言葉ではないな。

 しかし、三年生は今、自宅待機のはず。それならばさっきの言葉も通るはずだ。


 「だって自宅待機中ですよね?」


 「だからって勉強しに来ちゃダメって事ではないよ?」


 「なるほど」


 「わかった?」


 「いいえ」


 「…今、なるほどって言ったよね?」


 いや、理由はわかった。つまり先輩は大学へ行くための準備のために勉強をしに来ていると。真面目だなぁ…。


 「雨宮先輩って勉強するんですか?」


 「…私、やっぱりバカに見える…?」


 「ははっ、冗談ですよ」


 そろそろかわいそうになってきたので、そう言って笑って誤魔化す。まぁ、バカに見えないこともないけど…。ちょっと残念だなくらいなら思ってますよ。


 「それで、雨宮音羽先輩はなんの用で俺を呼び出したんですか?」


 「はい、チョコ」


 「うぉぉ…マジか…」


 驚く俺をよそに、雨宮先輩は俺の手に板チョコを持たせてきた。

 まぁ、生徒会の用事じゃなければだいたい予想はついていたが、まさか本当ににそうだとは思わなかった。

 そこで、俺はある疑問が頭によぎった。


 「なんでいきなりチョコを?」


 「え?バレンタインだからでしょ?」


 「いや、それはわかってますけど…」


 「?」


 俺が言いたい事はそういう事じゃない。


 「俺と雨宮先輩って、チョコとか渡すような仲じゃなくないですか?」


 「そうかな?それなら友チョコみたいな感覚でいいんじゃないかな?それに佐倉君には迷惑かけちゃってるからね」


 「なるほど、ありがとうございます」


 「どういたしまして」


 陽葵と伊織と雨宮先輩。やべぇ…三つももらっちまったよ。俺の時代が来たか?来ちゃったか?!…うるせえよ。


 「そういえば、会長には渡したんですか?」


 「…どうして?」


 「あぁ、いや、言いたくないならいいです。ただ友チョコなら会長にも渡したのかなって思っただけなんで」


 「…渡してないよ」


 「…そうですか」


 そうして、その場の空気が一気に重くなり、沈黙した。

 …完全に余計な事聞いちゃったな…こういう事多いから直さないとな。

 そんな事を考えていると、雨宮先輩の方から沈黙を破った。


 「…一応、用意はしてたんだけどね」


 そう言って、雨宮先輩は俺に渡したのと同じ板チョコを出した。


 「本命の板チョコっすね」


 「本命じゃないから」


 「でも、渡さなかった」


 「…」


 雨宮先輩は一度黙ると、階段の手すりを優し撫でながら俺の方を見た。


 「あんなに幸せそうにしてるのに、それを私のせいで微妙な感じにしちゃったら悪いからさ」


 そう言って、雨宮先輩は悲しそうに笑った。

 あぁ…そういう事か。


 「見ちゃったんすね」


 「…うん…あんな甘々な空間に私が入り込む隙なんてないよ…」


 見てしまった。見えてしまった。チョコを渡し、受け取る会長と羽月先輩の姿を。そして甘々って事は、イチャイチャ付きか…。てかあの二人も学校に来てたんかい。


 「でも大丈夫!このチョコは私の今日のおやつになるから!」


 チョコを両手で持って見せながら、笑ってみせる雨宮先輩。


 「強いですね、先輩は」


 「…女の子に『強い』ってどうかと思うなぁ…それに、私は強くなんかないよ。強がってるだけだからさ…」


 板チョコを見つめながら、そう呟いた。

 元生徒副会長、雨宮音羽先輩。

 誰もがパッと思いつくような、頼れる先輩、理想の先輩で、生徒会長を支えてきた人。

 役員を仕切り、上に立つ者として堅実的な考え方で、皆を率いていた。

 友達付き合いもよく、会長と会計との仲も良好。

 しかし、その中身はちょっぴり頭が残念な、ただの女の子。つまり、やっている事を簡単に説明すると、仮面を被って生活していた、という事だ。

 みんなが着いてきてくれるように、しっかりした先輩を演じ、ボロを出さないように常に緊張感を持ち、会長と羽月先輩の前では自分の気持ちを殺して明るく振る舞う。

 ただの女の子がこれだけの事をするのに、どれだけの負担を強いられるのだろうか。

 そこまで考えると、どこかの中学生も似たような状況だった事を思い出した。

 あいつは雨宮先輩と同じような状況なのに、どうしてあそこまで明るく生活できているのだろうか。雨宮先輩と水無瀬は何が違うのか。雨宮先輩は色々我慢する人だ。しかし、水無瀬はみんなの前では我慢しているが、俺の前では口の悪い中学生になる。

 そこまで考えて一つの答えが頭に浮かぶ。

 吐口か。


 「先輩、もういいですよ」


 「え?何が?」


 「生徒会も終わりましたし、高校の三年間ももうすぐ終わりますよ」


 「…えっと?」


 「演じるの、疲れたでしょう?」


 「っ…な、何がかな?」


 一瞬だけ驚いた様な表情をした雨宮先輩だが、すぐに元の顔に戻し、いつも通りに振る舞う。

 それでも、聞き返してきた声は震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る