第133話 チョコっとだけの時間

 女の子たちとチョコを交換しあって、残ったチョコはあと一つだけになった。

 もちろん、それは余ったものでもないし、交換する予定もないチョコだ。


 「…どうしよ…」


 昼休み。鞄の中に一つだけ残ったチョコを見つめる。

 今更だけど、なんて言って渡せばいいんだろう。

 旭以外の男の子にチョコをあげるなんて初めてだから、どうすればいいかわからない。


 「はぁ…」


 「陽葵、どうしたの?」


 「あ、ううん、なんでもないよ」


 ため息を吐いたのがダメだったのか、後ろの席の朝香に心配されてしまった。とりあえず心配をかけないようにしないと…。

 そんな事を思っていると、いつものメンバーがいつも通り、お弁当を持って集まってきた。


 「どうかしたの?陽葵ちゃん。いつもより…元気ない…?」


 「大丈夫大丈夫!」


 心配そうにしながら聞いてきたのは楓ちゃん。

 この子は本当に優しい子だ。見てると癒されるしね。もう、撫でたい。


 「そんな時は甘いものだよ!チョコチョコ〜♪」


 上機嫌な声で、さっき交換しあったチョコを机の上に広げた美波ちゃん。相変わらず元気だなぁ…。


 「いいなぁ〜窓際の席ぃ〜」


 「それ毎回言うね」


 この前の席替えで、あたしと朝香は窓際の一番後ろとその前、という特等席を獲得していた。だから最近昼休みは、楓ちゃんと美波ちゃん、そして朝香とお話ししながらお昼を食べている。

 中学までは旭と朝香と三人で過ごしてたけど、これはこれで、あたしの大切な時間になっていた。

 そんな事を考えていた時、不意に気になる言葉が聞こえてきた。


 「チョコ何個もらった?」


 そう言ったのは佐藤君だった。

 そしてその佐藤君が話しかけていたのは旭と流歌君。


 「うわっ、出たよ出たよ」


 そう言ったのは旭。相変わらず佐藤君の扱いが酷い。


 「出たよってなんだよ。ちなみに俺はゼロ個な」


 「なんで聞いたの?」


 それはあたしも思った。だってそういう事を聞くのって、それなりにもらっているからじゃないの?あたしの偏見だけどさ。

 そんな事を考えていた時だった。


 「家族が入らないなら俺もゼロだな」


 ちゃんと佐藤君の質問に答えたのは流歌君だった。


 「あれ?お前って姉ちゃんいたっけ?」


 「いや、母さん」


 「もらえただけいいだろコノヤロウ」


 いいお母さんじゃん。わざわざ息子のためにチョコをあげるなんて。

 でもそっか…流歌君、お母さん以外からまだチョコもらってないんだ。

 その事実を知って、ちょっとだけほっとしてしまった。


 「佐倉は?」


 「家族が入らないなら一個」


 「ぶっ飛ばす」


 「なんでだよ」


 「誰だよ?!誰からもらったんだよ?!」


 「うるせぇ…」


 「やめとけ佐藤。落ち着け」


 あーあ、なんか始まったよ。ここが教室って事忘れてるんじゃない?


 「…旭くん、もらったんだ…」


 「…」


 楓ちゃんの言葉を聞いて、朝香は顔を背けた。

 まぁ、旭の「一個」は朝香からのチョコだろうな。

 …朝香はなんて言って渡したんだろう…。


 「ちょっと行ってくるね!」


 「え?」


 いきなり美波ちゃんが席を立って小走りで行ってしまった。

 どこに行くんだろう、そう思っていたら美波ちゃんは旭達の方に向かって行っていた。え?


 「はい!哀れな君たちにプレゼントだよ!」


 そんな明るい声と共に、美波ちゃんは旭達の机の上に小包を三つ置いた。

 あれって、チョコだよね…?


 「美波か」


 「文句ある?」


 「いや、ないけど」


 相変わらず旭だった。あんたもらったんだからもうちょっと感謝しなさいよ。


 「テンキュー美波!普通に嬉しいわ!」


 そんなテンション高めな流歌君の声が唐突に聞こえてきた。

 流歌君、すごく嬉しそうだな…。


 「っ…」


 そう思うと、胸が締め付けられる様な感覚がした。

 …嫉妬…してるのかな…こんな感覚、初めてだな…。あたし、結構面倒くさい女なのかもしれないなぁ…。

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