第124話 忘れられないから

 「お前って、まだ葵さんの事好きなの?」


 「…」


 俺の質問に、口を開けたままフリーズしてしまう高橋。

 平日の昼間。一月も終わりに差し掛かる頃、俺と高橋は、ゲーセンでメダルゲームをしていた。

 平日の昼間。普通は学校にいるはずなのに、俺たちはゲーセンにいる。

 その理由は至って単純、華野高校は今日、一般入試の日だからだ。

 中学生は今日、人生の分岐点と言っても過言ではない日に、緊張した面持ちで紙面に向かっているであろう。そんな日に、俺たちは、気の抜けた表情でゲーセンの台に向かっている。この謎の背徳感のおかげで、メダルを台に入れる手が止まらない。


 「…ど、どうしたいきなり」


 ようやく脳の処理が追いついたのか、高橋はメダルを不自然に触りながらそう答えた。


 「いや別に、気になっただけだが?」


 「そうか」


 「んで、どうなん?」


 「ブレねぇなぁ…」


 そして高橋もメダルを入れる作業を再開する。


 「…そんなすぐに嫌いになれると思うか?」


 「まぁ、ならないわなぁ…」


 平日のゲーセンは人が少なく、ほぼ、俺たち二人だけの状況だった。だと言うのに、その二人がなぜか、妙な空気を出していた。


 「久しぶりに会った時、振られたってのにすげー嬉しかったよ」


 「綺麗な人だもんな」


 「まぁな」


 「なんで得意げなんだよ」


 まぁ確かに、好きだった人を簡単に忘れられるほど、人間は単純にはできていないと思う。忘れられないから苦悩するのだろう。俺もした。

 忘れるしかないのに忘れられない。その辛さがどれだけのものなのか、俺は知っていた。


 「俺の事はいいだろ。お前はどうなんだよ?」


 「ん?何が?」


 「伊織だよ伊織」


 「…あぁ…」


 「あぁ、って…」


 「だって、普通に過ごしてるぞ?」


 「それもそれでどうかと思うわ」


 ごもっともで。

 伊織とは、初詣以来、変わった事はしていない。まぁ、それでも学校とかでは普通に話すんだが。


 「なんでそんな頑なに付き合わないんだよ。好きなんだろ?」


 「いや、だから…あぁ、お前には言ってなかったな」


 「は?何が?」


 「俺と伊織が付き合わない理由」


 「そういえば聞いてないな」


 前回、高橋とこの話をした時、高橋の方から言わなくてもいい、と言われたから言わなかった。変なところで律儀なやつだよな。


 「別に無理して言わなくていいぞ。俺は部外者だからな」


 「好きかわかんなくなったんだよ」


 「言うんかい…」


 告白の事を知っている以上、部外者とは言い切れないし隠す事もないだろう。それに、これは伊織が悪いんじゃなくて俺が悪いのだから。


 「好きかわかんない、って、何が?」


 「俺が伊織を好きかどうかって事」


 「は?あんなに好き好き言ってたのに?」


 「いやいや、そんなに言ってないでしょ」


 「いや、かなりご執心だったぞ?気持ち悪いくらい」


 「おい」


 気持ち悪い、は余計だわ。


 「しかし、なんでそんな事になってんだ?」


 「いや、俺が聞きたいわ」


 「まぁ、お前の場合、喧嘩別れしたせいで関わらない期間があったからな。それのせいもあるかもな」


 「あぁ…それは多分あるな」


 「後はその期間に気になる人ができたとか?」


 「いやいやいや…」


 そこで俺の言葉は止まった。

 「気になる人」と聞いた瞬間、俺の頭の中に伊織と楓の顔が出てきた。

 まただ…また楓が頭に出てきた。なんで楓なんだ?俺は、楓が気になっているのか?もしかして俺は、二人を意識しているのか?二人同時に意識してしまっているのか?

 それって…やばくないか…?


 「…おい、なんで固まってるんだよ…お前、まさかほんとに気になる人が…?」


 「い、いやいやいやいやいやいやいやいや!違うだろぉ?!」


 「いや、俺に聞かれても」


 頭が痛くなってきた。気が落ち着かなくなってきた。何かしていないと落ち着かない。俺はメダルを台に連続で入れ続ける。

 そして、一瞬冷静になり、俺の今の状況について、気づいてしまった。


 「…俺、最低な事してないか…?」


 「落ち着け、何がだ?」


 嫌な汗が止まらなかった。

 伊織の告白は保留にしているくせに、他に気になる人ができた。この答えは、伊織に対しても楓に対しても不誠実な回答だ。


 「…なぁ」


 「ん?」


 「…俺がもし、気になる人が二人いる、って言ったらどうする?」


 「…………………………………は?」


 信じられないものでも見る様な目で俺を見る高橋。

 いや、予想通りの反応で、最早申し訳なく思う。


 「…いや、別にどうもしないけど…マジ?」


 「…」


 「マジかぁ…」


 高橋は俺から視線を外し、天井を見た。


 「まぁ別にいいんじゃない?『気になる人』くらいならいくらでもできるんじゃないの?」


 「そんなバカな」


 「ちなみに誰と誰?」


 「…伊織と楓」


 「…あいつも頑張ったな…」


 「は?なんて?」


 「別にー」


 ボソッと何かを呟いていたが、ゲーセンのBGMのせいで聞き取る事はできなかった。


 「まぁでも、別に悪い事してるわけじゃないと思うけどな。寧ろ正常だと思う」


 「なわけないだろ?」


 「魅力的な異性がいれば、そりゃ気になるだろ?お前から見たら、伊織も楓も魅力的に映った。ただそれだけだろ?付き合ってる人が二人いる、二股してる、とかだったらやばいけど」


 「うーん…」


 そうは言っても、やはりこれは二人に対して失礼だろう。

 いやしかし、そんな事言ってもどうすればいいのやら…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る