第123話 先輩の概念
「やぁ旭、奇遇だね」
昼休み、飲み物を買いに行こうと教室を出て、自販機に向かっている途中に、目の前のイケメンに話しかけられた。
「久しぶりですね、会長」
「俺はもう、会長じゃないぞ」
「気にしないでください。最早愛称なんで」
「そんなもんか」
「そうそう」
三年生は、就活や受験勉強で忙しくしていたから話す機会がなかなかなかったから、こうやって話すのは久しぶりだ。
「そういえば、三年ってこの時期になると、やる事ない人は自宅待機してもいいって話を聞いてたんですけど、会長はしないんですか?」
「確かにそうだけど、まだ早いな。正確には二週間後くらいからだな」
「いいなー」
後は卒業式まで自宅待機か。やりたい放題じゃん。
「いいなーって言っても、遊んでなんかいられないぞ?就職するやつは会社から課題を与えられるし、進学するやつは勉強もそうだが、引越しの準備とかしなきゃならないだろ?旭が思ってるより忙しいぞ?」
「あー…なるほど…」
言われてみればその通りかもしれない。
忙しいのやだなぁ…働きたくねぇ…。
「ちなみに会長は進学?就職?」
「進学だ。御華大にな」
「ほーん。近いじゃないですか。じゃあ、一人暮らしとかしなくても良さそうですね」
「いや、するぞ?」
「は?」
何言ってんだこの人。
「楽できる環境を手放すんですか?…あ、あれですか。自立しなきゃいけないから、とか言うんですね?」
「いや、確かにそれもあるけど…いいか、旭」
会長は一度俺の名前を呼ぶと、真剣な顔つきになり、真っ直ぐに俺を見る。
ふざける雰囲気じゃなさそうなので俺も真面目に聞く態勢をとる。
「一人暮らしって憧れないか?」
「すっげーわかります」
「だろ?」
一人暮らしって自由だからな。自炊とか家事とかは大変そうだけど、それ以外は基本的に自由だ。
やはり人は一人暮らしに憧れるものなのだろう。
「…何わけのわからない事言ってるのよ…」
「お疲れ、佐倉君」
「あ、どもっす」
夢と希望のある話を「わけのわからない事」で切りながらこちらに寄ってくる羽月先輩。そしてその後ろに雨宮先輩。
俺、二人ってあまり仲が良くないって思ってたけど、そうでもないんだな。よかった。
などと思っていると、雨宮先輩が、若干ムッとした顔で俺に近づいてきた。ん?
「ちょっと佐倉君?どうしてメッセージ返してくれないの?!」
「いや、あんたに返すメッセージはないわ」
「酷い!」
文化祭が終わった頃からだろうか。雨宮先輩からメッセージが送られてくる事が増えた。
内容は特にない。スタンプや絵文字のみ送ってくるため、最初はそこそこ考えて送り返していたが、途中から面倒になってきてそこからは無視をしていた。
勉強の息抜きなんかで送ってきたのだろうけど、なぜ後輩に送ってくるのだろうか。と考えた結果。やはりこの人は少し、頭が残念なのだろう、という考えに行き着いた。
「先輩方は就職ですか?進学ですか?」
「二人とも進学だぞ」
「まじっすか…」
「どうしたの?」
俺の疑問の言葉に羽月先輩は心配そうに見てくる。
「雨宮先輩、勉強するんですか?」
「ちょっと佐倉君?私だけなんか酷くない?」
「まぁ…気持ちはわからなくもないわね」
「うん」
「ちょっと?!二人まで?!」
あれ、おかしいな。雨宮先輩のキャラがどんどん崩れていっている気がする。
堂々とした佇まいで皆を導く副会長じゃなかったのか?
「…そういえば、先輩方はなんでここに?」
「ちょっと生徒会室の整理をね。あ、そうだ」
「どしたんすか?」
「旭に言い忘れてた事があったんだ。全く…生徒会に入ってくれれば楽だったんだがな」
「なんで俺が悪い風に言うんすか」
生徒会選挙の前、俺は会長から「生徒会に入らないか?」と誘いを受けていた。
もちろんお断りした。ダルいしめんどくさいからだ。
「まぁ、旭が生徒会に入らないからさ次の生徒会長に一応言っておいたんだよ」
「何をですか?あと、いちいち俺が生徒会に入らない事に対する文句を言わないでください」
会長、根に持つタイプですか?いや、そもそもの話、俺は悪くないはずだろ。
「『困ったら佐倉旭に相談しろ』って言っといたから」
「何してんだあんた」
いや、本気で何してくれてんの?
「なんで本人無しで話進めてるんすか…できる範囲の仕事とか言わなきゃならないでしょう」
俺がそう言うと、羽月先輩が憐れむ様な目で俺を見た。
「断る気はないんだ…」
「え?…あ…」
「無意識だったんだ…」
羽月先輩と雨宮先輩がかわいそうなものを見る様な目で俺を見る。やめて!そんな目で見ないで!
「いいね、奴隷根性が身についてるな」
「あんたちょっとお話しします?」
そもそもの元凶が、何他人事みたいに言ってんだ。
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