第121話 恥辱の告
「じゃあね、旭、陽葵」
「おう、じゃなー」
「うん!またねー!」
俺たちの家に着いたところで、伊織との行動はおしまいとなった。
陽葵もだいぶ元通りになってきたのか、元気が出ていた。
玄関の扉を開け、リビングに入って、まず視界に入ってきたのは誰もいないリビングだった。
一通り見回すと、テーブルの上に書き置きがある事に気がついた。
『買い物』
「いや、もうちょっとなんか書けよ」
書き置きに母さんの字でそう書かれていた。
要件は簡潔に、とか言われているが、あの人は簡潔にしすぎなんだよ。
母さんの事はわかった。後は父さんだが、玄関に父さんの靴があったのが見えたから、おそらく父さんは寝室でおねんねしているのだろう。俺も寝ていたかった…。
「こたつこたつ!」
後から入ってきた陽葵がこたつの方に直行。慣れた手つきでこたつの電源を入れて横になり、体全体をこたつに入れる。この間、わずか二秒。
「ふへぇ〜…」
「寝るなよ」
「はーい」
気の抜けた返事が返ってきた。
とりあえず、俺もこたつに入りたい。そして動きたくない。
動かなくて済む様に、グラスにお茶を注いでからこたつに向かう。
その際、陽葵の事がチラッと見えたが、寝るわけでもなく、スマホを弄るわけでもない陽葵は、ただただぼーっとしている様に見えた。
正直、陽葵と一緒にいて、ここまで静かなのは珍しい。基本的にあいつが話題を振ったり、俺を揶揄ったりしてくるため、静かにはならないはずだった。
しかし、今は静かだ。こうなった原因は、まぁ、さっきの二人だよな。
揶揄いがいのあるネタが出来ちゃいましたなぁ〜。
そんな事を考えながら、俺は陽葵に話しかける。
「気になる?」
「んー?何がー?」
「高橋が」
「っ!?は!?何が?!」
話題を振られた陽葵はバッと起き上がり、あきらかに動揺していた。
うっひゃ!こんなに反応が大きいと楽しくなってきちゃうなぁ!
「べっつに〜?ただ聞いただけだよ〜?」
「〜〜っ?!」
陽葵は恥ずかしいのか、頬を赤く染めながら俺を睨んでくる。おぉ、怖い怖い。
「べ、別にそんなんじゃないから!」
「え?そんなんってどんな?」
「う、うるさい!」
やべぇ、めっちゃ楽しい。
普段一方的な状況にならないから、どこか新鮮だ。
「葵さん、綺麗だよなぁ〜?」
「っ!」
「仲良さそうだったしなぁ?」
「っ…」
おそらく、俺は過去最高にニヤニヤしているだろう。
俺はこの状況を楽しんでいるのだ。
陽葵の気持ちを考えずに。
「…ねぇ…実際、あの二人って…どうなの…?」
「へ?」
陽葵の真面目そうな、それでいて恥ずかしそうな声に、俺の昂った感情が冷めていくのがわかった。
「ねぇ…どうなの?」
「どうって…幼馴染?」
「それは知ってる」
「後は…振った振られたの関係?」
「?!」
はたして、これは言ってもよかったのだろうか。
後で怒られはしないだろうか?いや、バレなきゃ大丈夫ですね。
「…どっちが…振られたの…?」
「高橋」
「そっ?!そっ…か…」
高橋は本気で葵さんを好きだった。でも、振られた。振られるとわかっていて告白したとも言っていた。
あいつは勇気があるやつだよ。漢だよ。
「…流歌君が告白したんだ…」
そう寂しそうに、消え入りそうな声で陽葵は呟いた。
「好きなの?」
「…へ?」
「マジな話、高橋の事、好きなのか?」
「そ!それは…」
今度は揶揄いもイタズラもなしで聞いてみる。
すると陽葵は、視線を右往左往させたり、うーとかあーとかえーとか言ったり忙しなかった。
「…す…」
「す?」
「…好きだよ…好きだよ?!悪い?!」
「…そっか」
陽葵は認めた。なんかキレてるけど、高橋が好きだと言った。
なんだかんだ言って、陽葵も女の子なのだ。恋だってするだろう。比喩表現でもなく、詩的表現でもなく、恋する女の子をしていた。
俺としては陽葵を応援したい。
しかし、高橋の恋路も応援したい。
高橋は多分、まだ葵さんに気があるだろう。そんな高橋を好きになってしまった陽葵を見て、俺は思った。
やばっ、めんどくせぇなこれ…。
こういう面倒くさい関係はラノベとか漫画とかドラマぐらいだと思ってたけど、実際にあるもんなんだなぁ…。
「俺は応援するぞ?」
「…笑わないの…?」
「笑わねぇよ」
「さっき揶揄おうとしてたよね?」
「それはそれ、これはこれ」
そんな昔の事を思い出すんじゃない。
「がんばれよ」
「…うるさい」
「えぇ…」
そう言うと、陽葵はまた横になってしまった。
話はここで終わりだ。俺も一旦、お茶を飲んで一息つきながら頭を働かせる。
今後の事、高橋の事、陽葵の事、俺はどう立ち回ればいいのか。
そもそも、俺にそんな事をしている暇はあるのか?
俺は伊織との事も考えていかなければならないんだぞ?人の事を心配している暇があるのか?
…なんか、頭痛くなってきたな…寝てないからかな?
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