第120話 焦ると煽るの違いはない

 今年に入ってまだ数時間しか経っていないというのに、境内はやけに賑やかだった。大人から子供まで世代を問わず、神社にはそれなりの人がいた。

 『初詣』は、日本人にとって欠かせないイベントの一つだ。

 昨年に感謝して、今年一年の平和を祈るイベント。行かなかったからと言って、悪いことが起こるわけではない。

 では、なぜ人々は『初詣』に執着するのか。それは場の雰囲気に流されるからである。

 多くの人は、友達に誘われたから、新年の記念だから、など、『初詣』ではなく、『初詣』というイベントに興味があるだけだ。

 もちろん、全員がそう思っているわけではない。ちゃんと『初詣』に来ている人だっているだろう。

 ちなみに俺は前者だ。そもそも興味がない。

 さっきも言った通り、『初詣』は昨年に感謝して、今年の平和を祈るイベント。

 …俺の昨年に感謝する事なんてあっただろうか…?

 よく考えれば、ないわけではないと思う。しかし、昨年は平和ではなかったと自信を持って言えるだろう。バイオレンスでグロテスクな一年だった…。

 だから俺自身、初詣に来て感謝する事もなければ、祈ることもない。

 つまり、何が言いたいかと言うと…。


 「初詣、する意味ある?」


 お参りをし終えた俺は、そこにたどり着いてしまった。


 「新年の雰囲気ぶち壊しだよ」


 ものすごい不満そうな顔で俺を睨む陽葵。

 こいつはイベント事が好きだからなぁ…。


 「旭さ、去年はノリノリで来てたよね?」


 今度は伊織が不思議そうに俺を見てきた。


 「去年は去年、今年は今年」


 「適当すぎない…?」


 ふっふっふ…甘いな伊織。時代の流れは早いのだよ。流れに乗っていかないと…死ぬぜ?死にません、安心してください。


 「おや?おやおや〜?そこにいるのは旭君じゃないですか〜!」


 「うわぁ…なんかいるわ…」


 後ろの方から俺を呼ぶ声と、害虫でも見るかの様な反応のやつの存在を認知した。

 おい、「うわぁ…」てなんだよ。俺は汚くねぇぞ。ピッカピカだぞ?


 「お、葵さんじゃないですか。ついでに高橋」


 「ついでってなんだよ」


 「黙れ害虫」


 「それはお前」


 「んだとゴラ」


 声のした方を見ると、そこには葵さんと高橋の二人がいた。


 「葵さん、帰ってきてたんすね」


 「まぁ、正月だからね」


 「久しぶりの高橋はどうです?」


 「かわいいね!」


 「おい、そこぉ!変な盛り上がり方するなぁ!」


 葵さんの言葉に若干、顔を赤くする高橋。

 あらぁ〜!かわいいでちゅねぇ〜!なでなでちてあげまちょうか〜?

 そんな事を考えていると、陽葵が申し訳なさそうに俺の肩を突いてきた。


 「旭…その…誰?」


 「あぁそっか、陽葵は初対面か」


 「え?!朝香も知ってるの?!」


 「あ、うん」


 「な、なんか…あたしの知らないところで色んな事が起こってる…」


 今の状況に戦慄している陽葵。

 そりゃそうだろ。全部お前の見てるところで物事が進むわけないだろ。


 「この人は葵雫さん。高橋の幼馴染のお姉さんだ」


 「どうも〜!」


 「葵さん、これは陽葵って言って、俺の双子の姉です」


 「あ…ど、どうも…」


 それぞれ無難に挨拶をするが、陽葵はなぜかぎこちなく、大人しかった。

 …なんか、陽葵が大人しいと違和感があるな…。


 「あ、あの!」


 「ん?」


 葵さんに何かを聞こうとする陽葵。

 その表情はどこか焦っている様にも見えた。


 「どうしたの?」


 「あの…えっと…」


 笑顔で先を促す葵さんに対して、曇った表情で口を開けたり閉じたりする陽葵。

 こんな陽葵を見るのは初めてかもしれない。何が陽葵をそうさせているんだ?


 「…二人って、その…付き合ってるんですか…?」


 「ちょ!馬鹿、陽葵!」


 お前!その話題はダメだって!マジで洒落にならないから!

 恐る恐る、高橋の方を見ると、高橋は気にする素振りを見せずに、ため息を吐いた。余裕そうだな。ムカついたわ。


 「違う違う、俺としず姉はそんな関係じゃないから」


 「そ、そうなの…?」


 高橋の答えに、若干ホッとした様な表情をする陽葵。

 すると、高橋と陽葵のやり取りを見ていた葵さんがニヤリと笑った。

 おい、なんか悪い顔してますよ。


 「そうそう、付き合ってないよ?」


 「そ、そうですか…」


 「今はね」


 「っ…!」


 葵さんの言葉に、陽葵はまた、表情を曇らせた。

 …なぁ、これってやっぱりそういう事?もうそういう事なんじゃないの?それとも、そう考えてしまう俺は恋愛脳なだけ?


 「しず姉…あんま変な事言うなよ…」


 「あはは、ごめんごめん」


 呆れた表情で葵さんにそう言う高橋。随分余裕そうじゃねぇかこの野郎。

 ゲーセンで会った時の様に、葵さんに振り回されるだけではなくなったようだ。つまんな。


 「んじゃ旭、俺らそろそろお参りしてくるから」


 「あ、おう」


 「じゃね〜!また今度!」


 そう言って、高橋と葵さんは拝殿の方に向かって行った。


 「…俺らも行くか…」


 「うん、そうだね」


 「…あ、うん…」


 俺の言葉に賛同し、帰路に着く伊織と陽葵。

 しかし、その道中、陽葵の表情が晴れる事はなかった。

 …なんか、めんどくさい事になってきたなぁ…。

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