第118話 似てる個体の眠気とそば
「すぅ…」
「寝ちゃったよこいつ」
午後十一時過ぎ。
そろそろ新年へのカウントダウンが始まる頃、陽葵は炬燵で寝落ちした。
「それじゃ、あたしも寝ようかな」
「は?後一時間くらいでニューイヤーだぞ?」
「で?」
「いや、『で?』って…」
だからなに?と言わんばかりの顔で俺を見る母さん。
「あたしは疲れてんのよ。だから寝る。アーユーオーケー?」
「NO」
「oh…kill you…」
いや、怖ぇよ。
「陽葵起こして部屋で寝かせておいてね。あと、年越しそばたべたいなら戸棚にカップそばあるから。んじゃね」
そう言って、母さんはリビングを出て、寝室に向かって行ってしまった。
冷めてるよなぁ、あの人。俺は多分、あの人に似たんだろうな。イベントとか、そういうのであんまり盛り上がらないやつ。
じゃあ、なんで俺は起きようとしているのかというと、この後ソシャゲの正月限定ガチャを引かねばならんからだ。
「おい旭、陽葵起こせ」
「今イベント周回で忙しい。父さん起こしといて」
「…父ちゃん、嫌われてるから無理だ…」
父さん…!うっ…目から汗が…!
「ったく…おい陽葵、寝るなら部屋で寝ろ」
メンタルボロボロの父さんを放っておいて、陽葵の体を揺すりながら声をかける。
「…ん………ぇ……?」
「寝るなら部屋で寝なさい」
「……ぃやぁ……」
「じゃあ起きろ〜」
「……起きる……」
そう返事をした陽葵は、目を閉じながら体だけ起こしたが、首はカクンカクンしていた。
それ、寝てない?大丈夫?
「年越しそば食べるか?」
「…うん」
「ったく、しゃあねぇな…父さんは?食う?」
「おう」
「りょーかい」
俺は台所に向かい、戸棚を開け、カップそばを三つ取り出した。
ビニールを一つづつ破って、最後の一個を破ろうとした時に、後ろから声をかけられた。
「旭、もう三つ開けた?」
そう聞いてきたのは父さんだった。
「あん?まだだわ。もうちょっと待ってろよ」
「いや、二つでいいぞ」
「は?」
俺はビニールを破る手を止めて、父さんの方を見る。
すると父さんは、陽葵の方を指差した。
陽葵はテーブルの上の腕に顔を埋めて寝ていた。
こいつ…。
「おい、陽葵!」
「まぁ、放っておいていいんじゃないか?」
「…はぁ…そうするか…」
父さんに言われた通り、寝ている陽葵を放って、俺はカップそば二つにお湯を注ぎ、テーブルに運んだ。
後は三分くらい待つだけだ。
その間に、陽葵を仰向けにさせて、枕代わりにマカロン型のクッションを頭に持ってきてやる。ついでにタオルケットもかけてやる。
そして俺はソシャゲに戻る。なんて無駄のない動きなんだ…。
「お前も、なんだかんだ言って陽葵の事好きだよな」
そう言った父さんはすげーニヤニヤしてた。
なんだこいつ。
「は?何が?」
「陽葵が体痛めない様に伏せた状態から楽な仰向けの状態にして、枕を用意して、さらにはタオルケットも用意。いやぁ〜いいもの見させてもらったわぁ〜」
「…」
言われて気づく。
完全に無意識だった。ただ、そうしてやった方がいいかな、と思ったからやっただけ。別に何か深く考えながらの行動ではなかった。
「まぁ親としては、喧嘩しなくて良かったなって感じだがな」
「うるせぇハゲ」
「なっ!お前!最近気にしてるんだぞ?!」
気にしてたんかい。
そんなことを思いながら父さんの頭を見てみる。
…別に禿げてなくないか?あ、でも白髪が目立ってきたかな?
「それで、学校はどうだ?」
カップそばの蓋を開けながら、父さんはそう聞いてきた。
「いや、いきなり何?」
俺もカップそばの蓋を開けながら聞き返す。
ふむ、いい感じに仕上がっているではないか。
「まぁ、俺の都合上、あまりそういう事を聞く機会がなかったからな。ゆっくり話せるうちに聞いておこうかと思っただけだ」
「ふぅん…まぁ、可もなく不可もなくって感じかな」
「そうか、うまいことやってるみたいでよかったわ」
「いや、今ので何がわかったんだよ」
自分で言うのもなんだが、適当に答えただけだぞ?
「彼女できたか?」
「うっわ、引くわ」
「いねぇのかよ。ざぁこ〜」
「陽葵は彼氏いるぞ?」
「は?誰だよそいつ?!」
「嘘」
「ほう…?」
急にうざいノリしてくるのやめて欲しい。多分、陽葵はあんたに似たんだよ。何してくれてんの?
「てか、まだ付き合ってないのか。俺はてっきり朝香ちゃんともう、付き合ってるもんだと思ってたんだけど」
「…まぁ、人生そんなにうまくいかねぇんだよ」
「ほーん」
そう言って父さんは、興味なさそうにそばを啜った。
今、絶賛気持ちの整理中なんだよ。
余計な事言うと鼻の穴からそば入れてやるぞこのやろう。
「ま、悩め悩め!んで、悩んだ結果だめなら誰かにきけばいい」
「人任せかよ…」
「別にいいだろ?元から人ってのは一人じゃ何もできないゴミクズなんだから。任せられるもんは任せばいいんだよ」
「ゴミクズは言い過ぎだろ」
またよくわかんない事言ってんなぁ…。
そんな事を思いながら、俺もそばを啜る。
「ま、お前はもういいや」
「おい、言い方」
まるで、これから俺を捨てようかとでも言うような言い方。
捨てられたら…そうだな、高橋の家にでもお世話になろう。
「陽葵は?元気にやってるか?」
父さんは陽葵の方をチラッと見ながら聞いてきた。
「まぁ、元気にやってるよ。ちょっとうるさいけどな」
「そうか」
嘘です、ちょっとどころじゃないです。すごくうるさいです。
「…ほんとに彼氏はいないのか?」
「まだ言ってんのかよ…別にいたっていい歳だろ?」
「いや、そうなんだが…」
そう言う父さんの目は、少し寂しそうだった。
「…今のところ、いなそうだけどな」
「仲いい男子とかいないのか?」
「ああ?」
どんだけ気にするんだよ…。
陽葵と仲いい男子なんて、高橋くらいしか思いつかねぇわ。
…そういえば、あいつら最近仲いいよな?もしかしてそういう事なのか?
「おい…どうした、急に黙り込んで。いるのか…?」
「…」
陽葵と高橋か…今度から気にかけておくか。
「お、おい!」
「ノーコメントで」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
うるせぇな。近所迷惑だぞ?
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