第115話 素晴らしき安売り

 「おぉ…」


 まず、最初に訪れたのは家具屋だった。

 陽葵はここに何度も来ているらしく、「クッション安くなってないかな!」とか言いながら俺は連れてこられた。

 そして店の中に入ると、陽葵は何かに気が付いたらしく、感嘆の声を漏らした。


 「なんかあったの?」


 「いや、あんまり変わってないなぁって」


 「変わってねぇのかよ」


 さっきの「おぉ…」は何だったんだよ。なんか期待しちゃったじゃん。

 いやまぁ、普通に考えたら、年末だからっていちいち店のレイアウト変えてられないか。


 「それで、クッションはどこにあるの?」


 とりあえず、陽葵が歩き始めたので、それについていきながら話をする。


 「ん?旭も欲しいの?」


 「まぁ…そろそろ替え時かなって」


 俺の部屋にあるクッションは、もはやクッションと呼んでも良いのかわからないくらいに潰れている。イメージは綿のない座布団。もう、ケツが痛いのよ。


 「てか、陽葵に関してはいらなくないか?ソファーにも部屋にもクッションあるだろ?」


 「んー…なんか旭を殴りにく……もうちょっとフカフカしてるやつが欲しいんだよね」


 「おいお前、今何言いかけた?」


 殴りにくい?殴りにくいって言おうとした?

 こいつ、俺を殴る用のクッションを探してたのか?

 いや、俺を殴る用ってなんだよ。クッションを殴るんじゃなくて、クッションで俺を殴るの?

 …でも、シャーペンが飛んでくるよりマシ…なのか…?

 いや、そもそも俺に物理攻撃が飛んでくる前提で考えている時点でおかしい。


 「あたし、あれ欲しいな。なんだっけ…あっ、そうそう!人をダメにするやつ!」


 「あんなので殴られたら結構痛そうだな…」


 あれだろ?人が寝れるくらいデカいクッションのことだろ?フッカフカの。

 あれ、重いしデカいし、殺傷能力高そうだな。


 「さすがにあれでは殴らないよ」


 よかった。殴らないでくれるらしい。


 「殴るのは別で買うから」


 「おい」


 やっぱ殴るんじゃねぇか。

 そんなくだらない事を言い合いながら歩いていると、クッションが置いてあるエリアに着いていた。

 陽葵は早速、お目当てのクッションを探すべく、奥の方に向かって行ってしまった。

 しかし、すぐに戻ってきた。


 「どったの?」


 「…売り切れてた…人を殴るクッション」


 「おい、なんかいろいろやべぇぞ」


 「違った。人をダメにするやつ」


 そう言って、少し残念そうにする陽葵。


 「…しょうがない、このマカロンの形したクッションでいいや」


 陽葵が掴んだのは、良い感じにもこもこした、ピンク色のマカロン型のクッションだった。

 あ、それいいな。


 「あ、んじゃ、俺もそれで」


 俺がピンクの隣の水色を指差すと、陽葵は俺の方を見てニヤニヤしてくる。

 …なんだこいつ。


 「旭く〜ん?結構女の子っぽいの買うんだね〜?」


 「座ればどれも同じだろ」


 「うわっ、最低」


 なんでだよ。たかがクッションだぞ?




 「ここはなんと言うか…広告が凄いな…」


 続いてやってきたのは電気屋。

 店内は大音量の音楽と、「安い!」と書かれた広告で埋め尽くされていた。

 ここには、俺が行きたいと言って、陽葵にはついてきてもらった。

 新しいイヤホンが欲しかったんですよ。

 さっきとは違って、今度は俺が先導して歩いて行く。


 「ちょっと待て」


 「ぐぇ」


 いきなり襟を掴まれた。

 それヤバいって…喉がキュッてなるからダメだって…。


 「…何?」


 「これ!すごくない?!」


 何やら興奮気味の陽葵が指差したのは、ソーダメーカーだった。

 そんなに興奮するようなものでもないと思うが…。


 「別に珍しくないだろ」


 「自分で炭酸が作れちゃうんでしょ?」


 「うん」


 「お茶とかやったらどうなるんだろ?」


 「ぜっっったいにやめとけ!」


 あからさまに不満そうな顔をする陽葵。


 「お前なぁ…お茶飲んだら舌がピリピリするのを想像してみろよ」


 「…新感覚?!」


 「新感覚ってつければなんでも許されると思うなよ?」


 今までなかったものに『新感覚』とつければ、なんでもありになるやつね。

 なんか気になるから買っちゃうけど、試してみて後悔するやつ。


 「…しょうがないなぁ…」


 「何がだよ」


 「あ!泡立て器買っても良い?!」


 「話し聞けよ…まぁ、いいんじゃない?」


 「んじゃ、行ってきまーす!」


 「俺、イヤホン買ってくるから、買い終わったら入り口あたりで待ってて」


 「りょーかい!」


 そう元気に返事をしながら、陽葵は調理器具コーナーに向かって行った。

 よし、これでゆっくり見て回れる。

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