第111話 嫌気

 「え…?先生から…?」


 「うん、一回だけ学校に来れないかって」


 入学式から二日が経ったけれど、わたしはクラスには顔を出していなかった。

 家族以外の人の目を見るのが怖くて、関わるのが怖くて、わたしは今も逃げ続けている。


 「無理はしなくていいって言ってたけど…どうする?」


 なんだろう、わたしが呼び出される理由って…。

 もしかして、不登校はダメだったのかな…。

 今まで深く考えていなかったけど、不登校って先生に迷惑がかかるんじゃ…?

 そう思うと、わたしは罪悪感でいっぱいだった。


 「…わかった…行くね…」


 「…大丈夫?」


 「うん…」


 「…そう、わかったわ」


 わたしって…ほんとにダメダメだな…。




 「悪いな。わざわざ来てくれてありがとう」


 「い、いえ…」


 「それじゃ、ついて来てくれ」


 午後から来てくれ、と言われたので、わたしは約束通り午後に学校に来た。

 玄関では、担任の三島先生が迎えてくれて、わたしは言葉の通り、黙って後ろをついて行った。

 数分程歩いたところで先生は、ある教室の前で止まった。


 「…保健…室…?」


 「秋、入るぞ」


 先生は保健室の扉を開けた。

 開けた瞬間、中から消毒の様な匂いがした。そしてその中に、一人の女性が椅子に座っているのが見えた。

 保健の先生かな…?


 「ん…?あら、こんにちは。あなたが皇楓ちゃん?」


 「え…あ…はい…」


 「私は日比谷秋。保健の先生をやってます。よろしくね」


 やっぱり保健の先生だったんだ。

 でも、正体がわかったところで、ここにいる二人の先生への恐怖は消えなかった。

 何を言われるんだろう…?

 退学…?説教…?

 考えれば考えるだけ、頭を使っているはずなのに頭が回らなくなってくる。


 「楓ちゃん、楓ちゃん?」


 「…っ!は、はい!」


 「大丈夫?顔色…悪いけど?」


 そう言いながら、日比谷先生はわたしに近づいて来た。

 でも、わたしは反射的に一歩引いてしまった。


 「だ、大丈夫、です…!」


 「…そうだ、そこの席に座って?今、お茶淹れるからね」


 それだけ言うと、日比谷先生は保健室の奥へと向かっていってしまった。

 …とりあえず、言われた通り座っておこう。


 「…はぁ…」


 椅子に座って、肺に溜まっていた息を吐くと、少しだけ落ち着いて来た。

 保健室の扉の向こうからは、移動教室の帰りなのか、仲良く談笑しながら歩いて行く音が聞こえてくる。

 …いいなぁ…。


 「はい、どうぞ」


 「…っ?!」


 「あ、ごめんね、急に声かけちゃって」


 「い、いえ…」


 日比谷先生に気を遣わせてしまった。

 日比谷先生は悪い人じゃない、そうわかっているのに、頭ではわかっているのに心が拒否反応を起こしていた。

 いい加減、こんな自分に嫌気がさしてくる。

 申し訳なさからか、わたしは日比谷先生から目を逸らして保健室を見渡すと、わたしはある事に気がついた。


 「…あの…三島…先生は…?」


 「あら?気づいてなかった?さっき出て行ったわよ?」


 「…ぇ?」


 それじゃあ、わたしはここで何をすればいいの?


 「ちょっとだけ待っててね。唯奈は準備しに行っただけだから…あ、暇な時間勉強したいならしてもいいわよ?」


 「は、はい…」


 「それともお話しする?」


 「え、あの、えと…」


 「…大丈夫、気にしてないから。それじゃあ、私も仕事があるから、それを片付けちゃおうかしら」


 そう言って日比谷先生は、わたしの前の席に座って、何か資料の様なものを広げ始めた。

 また気を遣わせてしまった…。

 とりあえず、わたしは先生に言われた通りに持ってきていた勉強道具をテーブルに広げた。

 不登校だからって勉強をサボるわけにはいかない。

 それに、勉強をさせてくれるなら、今のよく分からない状況を考えずに済むから、わたしとしてはありがたかった。

 準備…準備って…?

 そんな事を考えながら勉強を進めて、数分が経った頃。保健室の扉が音を立てて開いた。


 「失礼しまーす」


 そう言って入って来たのは、一人の男の子だった。

 そしてその後ろには三島先生がいた。


 「あら、きたわね」


 「すまんな秋。こいつがいつまでもうじうじしてるから」


 「いや、僕は悪くなくないっすか?」


 なんだか元気そうな男の子と三島先生が仲良さそうにしながら入ってきた。


 「はじめまして、日比谷秋って言います。よろしくね」


 「あ、どうも、佐倉旭です」


 男の子の名前は佐倉くんって言うらしい。

 …えと、わたしは何をすれば…?


 「えと、あの…」


 「あぁごめんなさい。この子は佐倉旭くん。あなたと同じクラスの人よ」


 「あ、ども」


 「ぇぅ…」


 初対面の男の子の挨拶に、思わず怯んでしまった。

 わたしがそう反応すると、佐倉くんは少し悲しそうにしていた。

 ごめんなさい…。


 「じゃ、後は若い者同士で」


 「は?!」


 へ?どういうこと?

 そう思っていると、三島先生がわたしを真っ直ぐに見てきた。


 「皇。大人の我々が理解してやれなくても同級生のやつなら理解してくれるかもしれない。一人で抱え込むよりも道連れにできるやつがいれば幾分か楽だろう」


 み、道連れ…。


 「ちょっと!」


 佐倉くんの制止の声を無視して、三島先生と日比谷先生は保健室を出て行ってしまった。


 「えっと…皇さん」


 「は、はぃ」


 「その…クラスに来ない理由を聞いても?」


 単刀直入に聞かれてしまった。

 多分、この人は先生に頼まれて、わたしの相談相手になってくれたのだろう。

 だから、この人のためにも何か話さないと。

 でも、言葉が出てこなかった。


 「……」


 「……」


 うぅ…気まずい…。

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