第107話 アイスと冬は

 「ソーダ買った。プリン買った。後は…」


 あれから少し歩いて、コンビニに着いた。

 やっと冷たくなった身体が暖められる、と思ったのだが、コンビニの中はそれほど暖かくはなかった。


 「楓?」


 「あ、うん、いるよ?」


 「うおっ」


 コンビニに迷惑が掛からない程度の声で楓を呼んだら、すぐ後ろから声がした。

 楓は、レジ袋を持って、申し訳なさそうにこちらを見ていた。


 「ご、ごめんね?」


 「いや、ちょっとびっくりしただけだから。気にしないで」


 寧ろ、コンビニの中で変な声を出してしまった俺が謝りたいくらいだ。


 「何買ったの?」


 「えっと、ゼリーだよ」


 「ほうほう」


 「ぶどうだよ?」


 「え、あ、うん」


 楓は、ゼリーが入った袋を大事そうに抱えていた。

 好きなんだなぁ…。


 「やっぱ俺も何か買ってこうかな」


 「…何買うの?」


 「うーん…」


 コンビニの中を見回し、簡単に食べられそうなものを探す。


 「…アイス行くか」


 「アイス?!」


 俺は、アイスコーナーから適当にバニラアイスを取ってレジで会計を済ませた。


 「よし、帰るか」


 「あ、う、うん。アイスで大丈夫?」


 「問題ない」


 「そ、そっか…」


 まぁ、確かにこの時期にアイスは場違い感があるよな。

 でも、風呂上がりのアイスはいつだってうまい。これ、常識。




 コンビニを出て数分。

 二人の間に会話はなかった。

 楓と過ごす時間は、基本的に会話は少ない。

 でも、だからと言って、全く話さないわけではない。

 どちらかが話題を思いついたら適当に、それについて話すだけ。

 だから、話題が出ない間は無言なのだが、決して苦ではない。

 それが楓と俺の距離感だからだ。

 そのはずだった。

 今日に限って、楓は妙に落ち着きがなかった。


 「どしたん?」


 「へっ?!いや、なんでもないよ?!」


 「そ、そう?」


 「う、うん!」


 「…」


 「…」


 会話終了。

 いやいや、あの様子で「なんでもない」は無理があるだろ。


 「…そ、その…」


 「ん?」


 「あ、旭、くんって…朝香ちゃんが…その…好き、だったんだよね…?」


 「あー…まぁ、そうだな…」


 一瞬なんで知ってるんだ、と思ったけど、この前泊まりに来たときに「振られてる」って言ってたな。

 どうした楓よ。俺とガールズトークでもしたいのか?俺、化粧水とか知らないよ?

 てか、ガールズトークって聞くけど、何話すんだろ?

 日本の未来?


 「……………………今も…好きなの…?」


 「へ?」


 「…」


 じっと、真剣な顔つきで答えを待つ楓。

 …真面目な話なのか?


 「…わかんない」


 「…へ…?」


 「前までは確実に好きだった。それは確かだ」


 確実に、自信を持ってそう言える。


 「でも…最近、わかんなくなってきたんだ」


 「…」


 「好きなのか、そうじゃないのか。なんか最近、はっきりした答えが出てこないんだよなぁ…」


 「…そっか…」


 自分の気持ちがわからない、なんてのは物語の中だけの話で、そんなわけないだろ、と思っていた。

 でも、実際にあるんだ。

 俺は俺がわかっていない。

 なんとも言えないこの感じ。モヤモヤする。


 「案外、他の誰かを好きになってたりしてね」


 「っ?!」


 首をすくめて、冗談でそう言ってみた。

 しかし、全くウケなかった。ぐすん。


 「まぁ、その誰かがわかんなきゃ意味ないんだけどね〜」


 「…」


 恋愛ってのは、理不尽で、無常で、意味不明なものだ。

 そんなものに、簡単に答えなんて出てくるはずがない。

 悩んで、苦しんで、悶えて、絶望して、やっと答えが出てくるんだろう。

 もし、俺の中ではっきりとした答えが出たとしたら、その時の俺は、どんな事を思っているのだろうか。

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