第98話 トリックイズギルティ

 「ただいま…」


 「おかえり〜」


 家に帰ると陽葵は既に帰っていて、ソファーを占拠していた。

 俺もソファー使いたいんだけど。

 なんか今日は無駄に疲れたような気がする。

 特にさっきの伊織のあれ。まだ感覚が残ってるわ。


 「…どしたの?何かあった?」


 「へっ?!いや、何もないぞ!」


 陽葵が不思議そうに様子を伺ってきた。

 もしかして、顔に出てた?


 「ふーん…まぁいいや」


 そう言って陽葵は俺からソファーのぬいぐるみに視線を向け、ぬいぐるみをポカポカ殴り始めた。

 なんて事を…。

 二、三度殴った後、陽葵が思い出したかのように俺のほうを勢いよく振り向いた。


 「あっ!そうだ!」


 「何?」


 「クッキー、どうだった?」


 「…あー、そういえばまだ食べてないな」


 「早く食べちゃいなよ。傷んじゃうよ?」


 「わかってるって」


 鞄からクッキーの袋を取り出して、一つ口に運ぶ。


 「どう?」


 「…うん、普通にうまい」


 「おー」


 陽葵は興味が無いのか、またぬいぐるみを殴り始めた。

 だからそいつになんの恨みがあるんだよ…。


 「…一つちょーだい!」


 「あっ、お前!」


 殴るのに飽きたのか、今度は俺のクッキーに目を向けて、一つ奪っていった。


 「…ふむ…まぁ、こんなもんか」


 「何様だよお前は」


 人のクッキー勝手に食べて何を言っているんだこいつは。

 そんな陽葵を横目に、もう一つクッキーを食べる。


 「なんかコンビニのクッキーの味に似てる…」


 人が作ったクッキーを食べて何を言っているんだ俺は。失礼すぎるだろ。


 「そりゃそうだよ」


 「何が?」


 「それ、コンビニのクッキーにちょっとデコレーションしただけだから」


 「へー…」


 コンビニのクッキーでも工夫次第でかわいく見えるもんなんだな。

 …は?


 「は?」


 「は?何?」


 「いやいや、なんでコンビニのクッキーってわかるんだよ」


 こいつ、まさか味を覚えていると言うのか?!


 「なんでって…それ、あたしが作ったやつだからだけど?」


 「……………………………はぁ?!?!?!?!」


 このクッキーの持ち主は陽葵だった?!

 じゃ、じゃあ、あの手紙は?!


 「待て待て待て!この手紙はなんだよ?!」


 鞄から例の手紙を取り出して陽葵に見せつける。


 「それもあたしだよ?」


 「はぁ?!」


 もう意味がわからない。

 なんでこんな事をしたんだよ。

 陽葵の意味のわからない行動はいつも通りだが、今回は特に意味がわからなかった。


 「いや、なんでこんな事したんだよ!」


 「お菓子くれなかったじゃん」


 「…は?」


 オカシクレナカッタジャン?


 「いや、意味がわか…あ…」


 意味がわからない、そう言おうとしたところで今朝の出来事を思い出す。


 『トリックオアトリート』


 『いや、もうないんだが』


 『じゃあいたずらだね〜』


 『…何すんの?』


 『フッフッフ…いつくるかわからないいたずらに怯え続けるがいい…じゃ!あたし行くから!』


 そう言って今朝、俺より早く家を出ていったんだっけ。

 思い返してみれば、陽葵は昼休み中、ずっとこっちを見て、ニヤニヤしていたような気がするぞ…。


 「ほんとは普通にあげるつもりだったんだけど、いたずらにはちょうど良いかなぁって」


 俺の中で何かが崩れるような音がした。

 …結構真面目に考えてたのに…あの時の昼休みの出来事は全部、陽葵にとっての劇場のようなものだったと…なるほどねぇ…。


 「あ、旭…?ど、どうして真顔なの…?どうして真顔で近づいてくるの?!」


 「…」


 「ちょっ、無言?!」


 こいつは自分のした事の重大さをわかっていない。

 しかも周りの人間何人か巻き込んだぞ?

 …これはぁ…お仕置きが必要ですなぁ…?


 「あ、旭さん…?ご、ごめんなさい!謝る!謝るから、その変な動きをしている手を下げて!何する気なの?!ちょ?!なんか悪い顔になってる?!」


 何をされるかわからない恐怖で涙目になる陽葵の手を抑えて拘束する。

 だいじょぉぶ、いたいことはしないからさぁ。


 「ちょ、ひうっ?!や、やめっ…ふふふぁははははははははは!!やめっ…おねがっ…きゃははははははははは!!」


 くすぐり。

 痛みがなくても苦しみを与えられるちょうど良い拷問。

 いたいのはかわいそうだからねぇ…ぼくなりのヤサシサダヨ?


 「んっ…やめっ…て…ひひっ…やんっ!あ…あさひぃひひひひひひひひ!!」


 ところどころで艶かしい声を入れて中断させようとしているが、くすぐったさが勝って、上手い事声に出せていない。


 「お、お願い!ほんっ…とにひぃ!し、死んじゃはははははは!!」


 「え?やめないよ?」


 「あはははははははは!!!…ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 翌日。

 

 「ごめんなさい…」


 しっかりみんなに謝らせました。


 「あれ、陽葵の字かぁ…」


 「陽葵ちゃんかぁ…」


 手紙を見た高橋と美波はなぜかスッキリしたような表情をしていた。


 「あはは…いたずらだったんだ…」


 どことなくほっとしている楓。

 そして…。


 「あ、あひゃは?!いひゃいほ?!」


 「…」


 無言、プラス、ニコニコ笑顔で陽葵の両頬を引っ張っている伊織がいた。


 「…」


 「ういういひはひへ?!」


 むにむにしてた。

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