第97話 トリックエンドトリート

 「あ、旭くん!」


 「うわぇい?!」


 後ろから大きめの声で呼びかけられたため、変な声が出てしまった。


 「か、楓?」


 「そ、それって…ら、らぶ…れたー…?」


 「…あー」


 そりゃそうだよな。わかっちゃうよな。

 こんだけ教室の中心で騒いでたら見えるし聞こえるよな。


 「そうっぽいな…」


 「っ…!」


 だから嘘をつかずに肯定をした。


 「…あ、旭くんは…その…受けるの…?それ…」


 「え?受けないよ?」


 「…へ?」


 楓は素っ頓狂な声を出した。

 え?俺何か変な事言った?


 「お前…結構バッサリなのな…」


 「いや、だって名前書いてないもん」


 「え〜かわいそ〜」


 「かわいそうじゃないですぅ〜」


 このクッキーをくれた人も頑張ってくれたのだろう。

 けど、名前くらい書いてほしかった。

 お礼だって言いたかったし、真意だって確かめたかった。交流だって増えただろう。


 「…そっか…よかった…」


 「ん?何て?」


 「な、なんでもないよ?!」


 何か楓がボソッと言っていた気がしたから聞いてみたのだが、慌てて元いた場所に戻っていってしまった。


 「結局こういうオチね」


 「つまんないなぁ…」


 「お前らなぁ…」


 高橋と美波はやれやれ、と言った感じで俺を見た。

 完全に面白がってたな、この二人は。

 まぁ、これをくれた人には申し訳ないが、俺の人生初のラブレターイベントはこれにて終了である。

 とりあえず、くれた人には心の中で「ありがとう」と言っておこう。




 「あ、旭!」


 「うわぁお?!」


 放課後。

 俺は真っ直ぐに帰宅の道を進んでいたら、曲がり角から伊織が現れた。

 帰ってなかったの?


 「ねぇ旭…今朝の手紙…なんだったの…?」


 「あー…おそらくラブレターです」


 一瞬言おうか迷ったが、もう既に伊織の周りの人は知っているから隠しても無駄だろう。


 「ど、どうするの?!」


 「どうするって何が?」


 「その手紙の人と付き合うの?!」


 「うおっ」


 顔が近い近い!やめて!泣きそうにならないで!


 「いやいやいや、付き合わないから!」


 「ほ、ほんと…?」


 「ほんとほんと」


 「そ、そっか…はぁ…」


 そう言うと伊織は、大きく息を吐いて、ほっとしていた。

 …これ、伊織が俺の事好きだから、ほっとしたんだよな?

 なんか変な感じだなぁ…ムズムズする。


 「ほら、帰るぞ」


 「あ、待ってよ!」


 その変な感じを紛らわすために歩き始めると、伊織は小走りで寄ってきて隣を歩き始めた。


 「旭」


 「ん?」


 「トリックオアトリート!」


 「お前もか」


 みんなそれやらないと気が済まないの?

 というか唐突すぎるわ!


 「急すぎない?」


 「トリック・オア・トリート!」


 「oh…」


 どうやら強制イベントに入ってしまったらしい。

 『はい』の選択肢を取らないと無限ループが始まるあれね。現実世界でやると、ただのホラーだから。


 「いや、ごめん。持ってないわ」


 貰ったクッキーならあるけど、これをあげるのはちょっと違う気がする。

 コンビニで買っておいた分は、俺と高橋が授業中に全部食べてしまった。

 ちなみに委員長の紀野っちは隣でジト目で俺を見ていたが、半分あげたらちょっと嬉しそうにしていた。

 なんか委員長って堅苦しいイメージがあるけど、全然そうでもないのね。


 「…じゃあ、いたずら、しちゃおうかな…?」


 「ばっちこーい!」


 「え、えぇ?!」


 そんな恥ずかしそうにしながら『いたずら、しちゃおうかな…?』はヤバいですよ。

 寧ろなんでも来てください。しちゃってください。


 「いたずらしないの?」


 「え?えっ?!」


 俺の反応に狼狽える伊織。

 完全に立場が逆転してしまった。

 どうしたんですか伊織さん。早くきてくださいよぉ。

 私のほうはもう既に準備できてますよぉ?


 「えと…じゃ、じゃあ…えいっ!」


 「…へ?」


 真正面から何かが飛び込んできた。

 胸元には伊織の顔、背中には細い腕と小さな手があった。

 伊織の暖かい体温と柔らかい感触、シャンプーか何かの甘い香りが脳の思考を制限していた。


 「ちょ、ちょ?!」


 「っ!」


 伊織が俺から勢いよく離れ、顔を背けた。

 表情がわからないため感情が読み取れないが、耳が真っ赤に染まっているのが見えた。


 「じゃじゃ、じゃあ!私!先に帰るね!」


 「え…あ…おう…」


 伊織は、俺と目を合わせる事なく走り去ってしまった。

 澄んだ空気が身体中に入り込み、脳に新鮮な酸素が行き届いて、ようやく脳が動き始める。


 「ん?!んんんっ?!?!?!?!」


 さっきのが所謂、ハグと言うやつだったと理解した時には、伊織の姿はもう見えなかった。

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