第95話 トリック…おあ…?
「トリックオアトリート!」
「…」
十月三十一日。
佐倉家の平日の朝はいつも通り、とはいかなかった。
朝食を食べ終え、ソファーで登校時間までゆっくりとしていたら、目の前に異形の生物が現れた。
大きな魔女の帽子を被って、制服の上から黒いマントっぽいものを着けた陽葵が、襲いかかるジェスチャーをして…なんか「シャー!」とか言ってるんですけど。
学生なのか魔女なのか、はたまた獣人なのかはっきりして欲しい。
「…」
「はやくよこせ」
「いや、やるなら最後までやれよ」
もはやただのお菓子が欲しい人になってしまった。
「冷蔵庫にプリンあるから」
昨日、陽葵ならハロウィンに乗っかってくるだろうと思って買っておいたのだ。
ふっ…陽葵の行動パターンなど計算済みだ。
「あ、それ昨日食べちゃった」
「おいてめ」
お、俺の計算が狂っただと?!
「トリックオアトリート」
「いや、もうないんだが」
「じゃあいたずらだね〜」
「…何すんの?」
「フッフッフ…いつくるかわからないいたずらに怯え続けるがいい…じゃ!あたし行くから!」
そう言って、帽子とマントを脱ぎ捨てて玄関に行ってしまった。
…てか俺何されんの?
「トリックオアトリートォォ!!」
「お前もかよ」
「ん?どゆこと?」
教室に入って自分の席に座ると、開幕早々に高橋が詰め寄ってきた。
「…今朝、陽葵も言ってきたんだよ」
「いいからはやくよこせ」
「お前もかよ」
「これも?」
なんなのお前ら。最近似てきたんじゃない?
ダメなところ似るんじゃないよ!
「ほらよ」
「お、飴玉」
「いいだろ?授業中に食ってもバレないぞ?」
「さすがだな」
「褒めるな褒めるな」
ガムでも良かったんだけど、高橋は前の席だから、わざわざ労力を使って飴玉にしてやった。
あれ?僕って気配り上手?
「…学級委員長の私はこの話を聞いてどう反応すればいいのかな…」
「あ、あはは…」
おっと、そういえば隣に委員長、後ろに楓がいる事を忘れていた。
「内緒だぜ?紀野っち」
「紀野っち?」
首を傾げる紀野っち。
「委員長だと長いし、さん付けだと堅苦しいじゃん」
「呼び捨てって選択肢はなかったの?」
「面白みがない」
「…はぁ…まぁ、いいけど…」
そんなに大きなため息を吐いちゃいかんよ。
幸せが逃げてってしまうぞ?
「紀野っちが嫌なら…キノコ?」
「怒るよ?」
ごめんなさい。
「じゃあ、俺も紀野っちで!」
「ちょ、ちょっと?」
高橋も紀野っち呼びにするようだ。
「あ、私もー!」
「んじゃ俺もー!
「じゃあ、うちらもー!」
「紀野っち!」
「え?えっ?!」
なんと、クラス内の多数の人間が紀野っち呼びを始めてしまった。
まぁ、紀野さんは普通にいい人だし、クラス内の人気も高いから、みんな仲良くなりたいんだろう。
「君は今日から紀野っちだよ」
「は、恥ずかしい…」
そう言って赤くなる紀野っちは見てて面白かった。
しかし、随分と賑やかな日になってしまったな。
みんな、いったいどうしたんだい?
ハロウィンだから?
「…?」
ふと視線を感じたのでその方向を見てみた。
そこにはジト目で俺を見ている伊織がいた。
…どうした?飴玉いるか?
俺と目が合った伊織はぷいっと顔を逸らしてしまった。
…飴玉いるか?
「やべっ、そろそろ授業の準備しなきゃ」
高橋がそう言って自分の席に戻っていった。
教卓の前は居心地がいいかい?
ちょっとだけ気分が良くなったところで俺も机の中から勉強道具を取り出そうとすると、慣れない感触があることに気づいた。
「…は?」
「どしたの?」
「あ…旭くん…それって…」
出てきたのは袋に包まれた数個の可愛らしいクッキーと、『旭さんへ』と書かれた封筒だった。
「…………………さて、授業の準備するか」
「いやいやいや、何見なかった事にしようとしてるのさ」
「どっから出てきやがった」
クッキーの入った袋を鞄に突っ込もうとした手を止めたのは美波だった。
「ねぇ、それってやっぱりアレなの?」
「さぁ?」
「手紙、入ってたよ?」
「さぁ?」
「…かわいいクッキーだったね」
「…」
「…旭君?」
ジーッと俺の目を見てくる美波。
いや、マジでなんで?
俺の知り合いか?
…いや、早まるでない。
そういう意味で入れたわけじゃないかもしれないし、別の旭さんかもしれないだろ。
別の旭さんって誰だよ。
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