第94話 わたしね…!
十八時半過ぎ。
公園にはやはり誰もいなくて、街灯の少しの明かりが公園の遊具を照らしているだけだった。
…最近、この公園に来る事が多い気がする。
「暗いね…」
「…まぁ、いい時間だからな」
夏ももうすぐ終わるから、というのも理由の一つだろう。
夏休みと比べると、明らかに陽が落ちるのが早くなっている気がした。
「…なんか…ドキドキしてきた…悪い事してるみたい…」
「いや、悪い事の認識のレベルよ」
楓は本当に悪い事ができないような子なのだろう。
だから楓は中学の時も友人を注意したんだ。
「とりあえず座ろうぜ」
「あ、うん…」
ベンチを指差し、楓が座った事を確認してから、俺も一人分空けて座った。
鞄から公園に入る前に買っておいたお茶を取り出し、キャップを開けて一気に飲む。うめぇ。
「…」
「…」
お互いに話しかける事はなかった。
というか冷静に考えたら、夜に男女二人きりで公園って危険じゃない?
そう考えると急に気まずくなってきた。
いや、俺は何もしないけどね?しないよ?
「…その、ごめんね。ワガママ言っちゃって…」
「いいよ別に。家に帰っても陽葵がいるだけだから」
そう言って口にお茶を含む。
「あはは…そんな事言っちゃうと、陽葵ちゃんがかわいそうだよ」
「大丈夫大丈夫、あっちも多分そんな感じだから」
実際、遅くなるとメッセージを陽葵に飛ばしたら、『悪い事するなら、あたしに迷惑かからないようにね』と返ってきた。お前は俺をなんだと思っているんだ。
後、迷惑がかからなくても悪い事は止めろよ。姉だろ?
「…いいな、陽葵ちゃん」
「陽葵が?」
「旭くんといつも一緒だから…」
「…その言い方はちょっと危ないかも」
まるで俺と一緒にいたい、みたいな風に聞こえてしまう。
ちくしょう!なんで男ってのはこうも単純なんだ!
「旭くんはさ、場の空気に流されないし、言いたい事は結構はっきり言うけど、誰にでも優しくて、お節介で、ちゃんと人の事を見て話してくれる…わたしは旭くんといると、心がポカポカするんだ…」
「お、おぉ…」
なんて反応すればいいのかわからない。
どゆこと?単純に褒められてるのか?!ちょっと今日の楓はよくわかんないぞ?!
俺が困惑していると、俺が一人分空けておいた隙間に詰めてくる。
「そんな旭くんと一緒にいられる陽葵ちゃんが…羨ましい…」
ちょっと待って!そんな事言われちゃうと本気で勘違いしちゃうよ?!
いいの?!楓ちゃん?!ダメでしょ?!
よーし、わかったら大人しく深呼吸をしなさい。
「…旭くん…わたし…ね…」
「か、楓?」
楓は俺のシャツの袖を両手で掴んできた。
顔は伏せていて表情は伺えないが、シャツを掴む手には、力が入りまくって震えていた。
「…旭くん…わたしね…!」
そう言って勢いよく顔を上げる楓。
赤く染まった顔、そして潤んだ瞳には決意のようなものが籠っているように見える。
暗くてもそれがわかるくらいに、楓と俺の顔の距離は近かった。
「旭くんが…!」
その時だった。
『ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!ピロン!』
俺のスマホからものすごい音が鳴り始めた。
「…ご、ごめん…」
「…あ…」
楓には一旦離れてもらってスマホを確認する。
原因は高橋だった。
なんかスタンプ連打しまくってるんだけど。
未読のメッセージ二百とか書かれてるんだけど。
俺がメッセージを確認したことがわかったのか、高橋から電話がかかってきた。
「…もしもし」
『ちょ、やべぇって旭!ファァァ!!』
「うるっさ…」
電話に出ると、なにやら怪しい薬でもやってそうなほどテンションがおかしくなっていた高橋がいた。
「…何?」
『やべぇって!!』
「だから何?」
『超低確率で出てくる最高レアのキャラが当たっ…』
俺はそこで電話を切った。
…うん、何もなかった。
「…あーごめん…それで、何言おうとしたんだ?」
「…ぁ…ううん…なんでもない…よ…」
「なんかごめん…」
「あ、謝らないで…」
その後、楓を家まで送って俺も家に直行した。
『旭くん…わたしね…!』
ベッドに入っても、あの時の楓の表情が頭から離れる事はなかった。
…っぶね、告白でもされるのかと思ったわ。
いや、ありえないってわかってるんだけどね。
あのシチュエーションは誰だって勘違いしちゃうって…。
あぁ〜…心臓破裂するかと思ったわ…。
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